あたしとお義兄さん
15.何が目覚めた?



 

朝は何処にでもやってくる。



 貧乏人の上にも、金持ちにも、ヤな奴にもいい奴にも、そうして行かず後家の上にも。
 そういう訳で鈴子は目を覚ました。

 まず、混乱した。


『何処だ、ここは』


 そうして見回して更に心臓が止まる程、驚いた。乱れた髪の美青年が自分の傍らに眠っている。


 義兄だ。


 何故なにゆえ、義兄が。


 なんでだ。


 ぐるぐると思考が回る。回るが結論が見えない。同じ処を堂々巡りしているだけだ。


 服は─────着ている。
 やってない。
『して』ないよね、あたし。

「ん…」
 身じろぐ青年に、鈴子は『ぱっ』と身を起こして離れた。

「あ、おはようございます。リン」
 幸せそうに、だが眠そうに微笑んだ彼に、鈴子は引きつった笑顔を向けた。

「──────おはよ、お義兄さん。ここ、お義兄さん家?」

 ええ。と、青年は目を軽く擦って半身を起こした。
 片腕で支えただけのその肢体は充分に逞しく、かつしなやかで…乱れたシャツはいかにもその、男を匂わせる身体の形を垣間見せる。

 セクシーだと感じてしまった自分を鈍器で殴りてえ。

「あーあー、あたし酔っ払っちゃったのね。
 やだなーもー。お義兄さんもあたしなんかソファーかなんかに、うっちゃっといてくれればよかったのに」

 ぱんぱんと意味もなく膝を叩き、鈴子は必死に喋った。


「貴女をベッド以外の所で寝かせる訳にはいきませんよ」


 静馬は真っ赤になった義妹に、魅力的なウインクを送る。

「かといって、私も貴女をここまで抱えてくるので体力を使い果たしましてね。添い寝してしまいました。─────どうしました?リン」

 少しばかり険悪な視線を発する義妹に、静馬は真剣な表情になる。
 しかし、その目の光が裏切っている。愉快そうな色を覗かせて、戸惑う彼女を楽しんでいるのだ。


「お義兄さん」


 鈴子は殊更『お義兄さん』を連発して、その立ち位置をお互いの意識の中に叩き込もうとした。
「幾ら兄妹とは言っても、義理、なんですよ?
 ……さすがに一緒のベッドじゃマズイでしょうがぁっ!」

 右手の拳を寝具に叩きつけた彼女に、静馬は意味ありげな視線を投げ掛けた。
「そうですね。ただ『義理』の兄妹というだけの男女が、一緒のベッドに居るのは確かに拙いかもしれませんね」


 柔らかく紡がれるそれに、言葉のニュアンスに、鈴子は奇妙なものを感じた。

 静馬は今迄、兄妹の垣根を好んで作っていた筈だ。
 全てはそのベースの上に築かれた関係だった筈なのに。
 何故、急にこんな風に『冷静に』突き放すのだろう。


「それにその姿は思わず垣根を越えたくなるほど扇情的だ。わざとですか?リン」


 この言葉に鈴子は首から下、つまり現在の自分の格好を見下ろした。
 髪は乱れ、ブラウスのボタンは3つまで外れている。
 ブラがちらりと見え、スカートはホックどころかジッパーが半分近くまで下がっていた。

「ひょわぁっ!な・・な、なワケないでしょッ‼︎」
「何だ、誘惑して下さるのかと思いました」

 慌てて身形を整えていた鈴子は、義兄の口から出たとんでもない言葉を聞いて凍り付いた。


「にーさん、今、なんて?」
「ですから、誘って下さっているのかと」


 朝は朝食を取りますか?と問われて返すくらいの自然さで、彼は平静に答えた。
 鈴子の表情は訝しげになり、戸惑いを浮かべている。

「…静馬さん、貴方はあたしの『お兄さん』がしたいのよね?」

 弱く問われて、獣が目覚める。
 静馬はいつもの優しげな雰囲気を一掃させたかの様に妖しく、完璧に身体を起こすと男の魅力で以て、一気に鈴子に近付いた。

「ええ。でも、それ以上にもなりたいんです」

 鈴子はじわり、と押されているのを感じ、後退りした。

< 15 / 41 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop