あたしとお義兄さん
17.フラグは回収しなくては




「ったく、極端に走りやがって。……心配して来てみりゃコレだ」

着衣のほとんどを剥ぎ取られ、半泣きになっている彼女を前に、青年の親友はウインクをキメた。

「済まねぇな、リンちゃん。義理兄ちゃんを焚き付けたのは俺だ。恨むんなら俺にしといてくれ。基本、この馬鹿は決して色気だけでこんな事をしでかすヤツじゃねぇんだが。…普段ならな」

ついでにフカフカしたファーの付いた自分のコートを鈴子にぽい、と放った。


「───────」

足下で、まさにその親友の復活の兆しを察した一也は、その後頭部に足を置き、ぐりぐりと踏みにじる。

「あ、貴方、誰っ⁉︎」
鈴子がコートで身を隠してそう叫ぶと、茶髪のイケメンは訝しく表情を歪め、合点がいった様に『ぽん』と手を打った。

「おお、悪ィ。俺やこいつの相手は今までこーゆー状況に狼狽えない女ばっかだったから、つい。
今回こんだ勝手が違うんだな。─────えっと、な?後ろ、向いてりゃいいか?」

再びカーペットの上で気を失った静馬を改めて踏んでいると、取り敢えず身支度を終えた鈴子が漸く声を掛けてきた。

「貴方、静馬さんの……お義兄さんのお友達なんですか?」

「ああ、俺は早瀬一也っていう。一応静馬このバカの親友をやってる。で、もういいかい?」

はい、という掠れた返事に一也は振り返った。
上気した肌を更に赤く染めて、俯いた彼女は確かに美人ではないが大層可愛らしかった。

「焚き付けた……って、どういう事なんでしょう?」
小首を傾げた鈴子に一也はぼりぼりと頭を掻いた。

「うーん、こいつがな、自分の気持ちにさっぱり気付いてなくてね。
変な方向に突き進んでたんで、俺が軌道修正させたんだ。でないとなぁ……あんたを一生、嫁に出しそうになかったから」

言葉の前半に抱いた怒りの熱は、その後半で一気に冷却された。彼の言う通りだ。
こくこくと頷く。

「だろう?親友が変態になるのは俺も嫌だしよ。しっかし、あんたの事となるとここまで箍たがが外れるたぁ思わなくてな─────ごめんな」

はあ、と応えながら、継続して床で踏みつけられている義兄を眺めた。
一也はようやく静馬の頭から足を下ろすと、鈴子の傍まで来て、懐から一枚の紙を取り出して、彼女に見せた。


「!────こ・これは─────」


鈴子は絶句してそれを見つめた。


「うん。婚姻届」
ぴらりん、と紙を鈴子に持たせる。

「取ってきてくれ、って頼まれてなぁ。どういうつもりか確かめにきたら、このザマだ」
一也も鈴子の横に腰を下ろして、ふぅと溜息を吐いた。

「何で自分で取りに行かない?……そう考えたら、こいつの考えが読めて…」
「義兄は何を……?」

「うん。取り敢えず既成事実を作っておいて、焚き付けた俺を立ち会わせるつもりだったと思う。あんたに有無を言わさずにね」

チャリチャリこの部屋の合鍵らしきものを手の中で弄る一也に、鈴子はすくっと立つと一礼した。

「危ない処をありがとうございました。あの、ついでに、と言ってはなんですが、…ちょっと心配なんで、気がつくまで義兄をお願い出来ますか?」
「は?ナニ言ってんの、あんた。もう少しでヤられちゃうとこだったんだぜ?
それに、俺は医者の端くれだ。昔から荒事にも慣れてる…これ位、静馬くらいの奴なら、ちょいと眠れば直ぐ復活しちまう」

勝手知ったる親友の家。ワイルド調イケメンは何処からか荷造りロープを持ち出して、テキパキと静馬を縛り、無造作に転がした。

「起きたら延々と恨み言とか言うに違いないし、嫌だ。俺も出る。
それこそついでと言っちゃあなんだが、一緒に朝飯でも食わねえ?」

鈴子は少し考えたが、素直に頷いた。
彼は義兄を良く知っているし、今回の件で大きな要因を担っているらしい。
ならば、今後の静馬への対策にしろ説得にしろ、協力を仰ぐに吝やぶさかではない。







「こんな朝から開いてる店なんざ、ファミレスかファーストフードくらいか。
マックでいいか?俺はピクルスが好きでね」

シルバーのフェアレディZを走らせ、自然な感じで一也は尋ねた。

「古いタイプの車でヤだろ?」

ピカピカに磨き上げているクセにそんな事を言う一也に、鈴子は微笑って首を振った。
その反応に口元が緩んでいる処を見ると、多分車好きなのだろう。

二人は明るい店内に入ると、それぞれ朝食を注文した。
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