あたしとお義兄さん
33.究極の二択



 その手にはいつの間に握られていたのか、件の起爆スイッチがあった。
 逃げ道を塞ごうというのか、入り口のドアに手を掛け様としている。
 アレを開けて逃げる彼等を追っても、到底間に合わないと瞬時に判断した静馬は、さっきの要領で今度は井上社長を放り投げ、勢いよく窓を破った。
 ガチャン、とドアが閉まり、同時に駆け出して距離を取ろうとする音がする。
 静馬は構わず破壊された窓の桟に残ったガラス片を椅子で払い、朽ちたカーテンを一瞬で手繰ると有無を言わせず義妹を包み込んだ。この間、僅か1分。

 長い足で低めの出窓に脚を掛け、義妹を抱えて窓から一気に飛び出した。




 ドンッ‼︎と、激しい爆風。

 上も下も分からない状況の中で、鈴子は僅かに気を失っていたのだと思う。
 重い。恐らく数秒程だったソレが何時間にも思えた。
 布と、息苦しい物体をゆっくりと退けて、鈴子は痛む身体をそっと起こした。

「…何、何が……?」

 状況を確認しようと、辺りを見回した鈴子の目に入ったモノ。それは──────

 彼女を護る為に覆い被さり、ぴくりとも動かない義兄の姿だった。

「───────し、ずま…さ」

 思わず伸ばした手にぬるり、とした感触があった。
 黒い服を濡らしているもの、それは─────
 ───彼から溢れ出る大量の血。


「し、静馬っ、さん、嫌っ、いやあああっ⁉︎」

 起きて、起きて、と止血するのも忘れ、鈴子は懸命な呼び掛けた。


「──────泣いて…いるのですか?」


 弱く伸ばされた腕は彼女は頬まで届かない。
 鈴子は彼の手を取って、ぎゅっと握り締めた。
「しっ、かりしてっ。お願い、静馬さん。すぐ、助けを呼んで来るから‼︎」
 そう言って駆け出そうとした鈴子の手を、静馬が握って離さなかった。

「…行かないで下さい、リン」

 思いの外、強いそれを鈴子は振り解けなかった。
「大丈夫、絶対助けるから!ね?静馬さん、ね?放して」
「嫌です」
 血溜まりに身を浸しながら、顔も起こさないくせに。それでも静馬は強情を張った。
「貴女が妻になって、くれない、なら…このまま」
 血塗れの美青年は鈴子の膝に力を振り絞って乗り上がる。
「暖かい、な。いつも、貴女はそうだ…リン。
 私は、いつも、この……」
「しっかり⁉︎しっかりして、起きて、起きてよ静馬ァ‼︎」
 初めて呼び捨てられた所為か、こんな状況なのに静馬は幸せそうな表情をしている。
「馬鹿、馬鹿馬鹿馬鹿ッ!嫌よ、死んだら承知しないからッ‼︎」
 最早反応すら無くなった、血の気の失せた義兄の重い身体。
 俄かに鈴子の背筋が凍った。リアルに静馬の死が迫る。




 静馬の、居ない、世界。



「いや、よ。───────絶対、いや」
 我を失って、鈴子は静馬の頭を抱き締めた。

「降参するからっ、生きて、静馬!」

 熱い涙が、滔々と義兄の顔を濡らしてゆく。



「──────貴方の妻になるからぁっ‼︎」





 その時だ。
 コツン、と脇腹を突く物があった。
 思わず見ると、力無く下げられた静馬の手の中に、井上社長に取り上げられたのと違う、二台目の携帯電話スマホ。




 こんな、隠しダネを……。



 死の直前まで切り札を取っておく、この腹黒だか何だか分からない、執着は。

 ワナワナと震えながら、鈴子は携帯を掛ける。
 一気に身体の痛みが戻ってきて、精神も肉体も疲労の為に萎えそうになる。
 それは駆けつけて来た救助の手が差し伸べられた瞬間に、プツン、と切れた。

 苛立ちと、愛しさと、腹立たしさと、安堵が。
 波の様に襲い、鈴子は意識を手放した。



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