あたしとお義兄さん
34.
うららかな小春日和の陽射しが眩しい。
子供達の賑やかな話し声と笑い声。
病院って、こんなイメージだったっけ?
目当ての人が病室に見つけられずにいたあたしは、取り敢えず花瓶の花を見舞い用に持って来た花と差し替える。
ふと、声に誘われて小児科の前を通ると、案の定……
「──────もうすぐ、大好きな婚約者が来ますからね。もう行かないと。一時も待たせたくないんです」
数人の子供達に囲まれ、にこにこと義妹自慢をしている義兄が居た。
「静馬兄ちゃん、おヨメさん貰うんだよね〜♪」
「おヨメさん、どんなヒト〜?」
無邪気に尋ねるちびっコに蕩ける様な微笑みを浮かべ、美形イケメンはそうですねぇ、と待合室の椅子に腰掛けた。
「柔らかくて、フワフワで、抱くとしっかりしてて、舐めると甘いですかねぇ」
「五感でモノを言うか、キサマ」
傍に寄るとアブないので、遠くからスリッパを投げた。
ぺしん、と後頭部に軽い音を立てて、そのまま静馬は踞る。
「あーっ‼︎」「おヨメさんヒドーいっ‼︎」
「静馬兄ちゃん、大丈夫ー⁉︎」
大ブーイングである。義兄、謎の大人気。
子供達は唇を尖らせ、鈴子を囲むと口々に文句を言い始めた。
「『リンちゃん』でしょう?乱暴だよぉ」
「静馬兄ちゃん、背中と足、まだ痛いんだぜェ」
為す術もなく小さな拳にポカポカやられながら、運ばれた先は静馬の前。
幾つかの小さな手に、ドンと突き出されたのは。
婚姻届。
鈴子の目が点になった。
脳内の時間が止まる。
何か、頭の上を流星群かナニカ通り過ぎた様な気さえ、する。
「リンちゃん、静馬兄ちゃんのヨコに名前書いてー!」
一枚では無い、ソレに─────瞬時に結論を導き出す。
義妹は後退ると、背中をがっしりと掴むモノが居た。
義兄である。
悪魔の笑みを浮かべているであろう事は間違い無い。
「.…仕込み?」
何気にペンを持たされていた。───いつの間に?
「朱肉はこちらに」
「ひいっ‼︎」
耳元で囁かれた低く心地好い静馬の声に、冷や汗だか脂汗だか分からないモノし背中を流れていく。
ばんっ!─────持っていた検査用のバインダーを受け付けカウンターに叩きつけたのは一人の少女。
腕を組み、誇り高く反らされた顎に、鈴子はヒーローの後光を感じた。
「タツロウ、シュウヤ。あんた達、いつからソイツの手下になったワケ?」
「美夜子ちゃんッ‼︎」
少女の名前を呼び、救いの手を求める様に駆け寄ってしがみつく義妹。お前、それで良いのか?
しかし、少年達も“そんなンじゃないよー”とか言いながら、彼女の下にワーッと集まる。
「こんにちは、今日も格好良いですね。美夜子ちゃん」
義兄が少女達を侍らせたまま、とびきりの笑顔でご機嫌を伺うが、
「目が微笑って無いわよ?相変わらずのタラシぶりみたいだけど、それがアタシに通用すると思ったら大間違いだわ、魔王」
三十路女の縋る肩をポンポン、と励ます様に叩いて。
取り巻きを引き連れると、小さな女王サマは行ってしまった。
「…あの子だけは懐いてくれないんですよねぇ…」
魔王。言い得て妙。素敵よシスター!ブラボー‼︎
「大体、何でこんなトコに居るんですか、静馬さん。子供達のアイドルもいいですけど、貴方怪我人なんですから、安静にしてないと」
「心配してくれたんですか?」
松葉杖をつきながら意外そうに言われ、鈴子は憮然とした。
病室に辿り着くと、ベッドに腰掛けた静馬に義妹は剣呑な視線を送る。
「貴方、あたしを何だと思ってるんです」
「未来の妻」
あまりの側道に指先まで茹で上がる義妹に、美青年は知らず微笑みを誘われる。
「何、嬉しそうに笑っているのよッ⁉︎」
「おや、そんな顔をしていますか?」
「──────じゃ、なくてッ‼︎」
一旦、手に持ったスリッパを床に叩き付ける鈴子。
「自分を命懸けで助けてくれた恩人の心配一つしない、鬼か悪魔の様に思っているのか、って言ってらんです!」
頭に血が上った鈴子は魔王の直ぐ傍に立ち、通ったその鼻先に指を突き付けた。
するり、とその手を取られた。物凄く自然に。
気が付くと、ポン、と足を払われ、白いベッドに簡単に組み敷かれていた。
「そうですね」
「……アレ?」
まだ鈴子は状況を把握していない。
「こうまで私を焦らして虜にまでした処をみると、妖か小悪魔─────」
触れるだけの接吻キスを音を立てて落とす。
「それとも、この憐れな男の精を貪り尽くしますか?愛しい夢魔サキュバスとして」
黒曜石の瞳が妖しく揺れて、鈴子の視覚を通して脳をすっかり麻痺させた。
「今、ここで」
ぺたん。
ベッドに乗り上げ、浮き上がった義妹の足からスリッパが脱げ落ちた。
その音で鈴子は我に返った。
「はっ‼︎」
がっちりホールドされている己の身体に気が付いたが、最早義妹に打つ手無し!
「ちょ、ちょっ…とぉッ⁉︎ケガ人ッ、上から退きなさいィイイっ!」
そうなのだ。
現在も義兄は結構な怪我人なのだ。
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うららかな小春日和の陽射しが眩しい。
子供達の賑やかな話し声と笑い声。
病院って、こんなイメージだったっけ?
目当ての人が病室に見つけられずにいたあたしは、取り敢えず花瓶の花を見舞い用に持って来た花と差し替える。
ふと、声に誘われて小児科の前を通ると、案の定……
「──────もうすぐ、大好きな婚約者が来ますからね。もう行かないと。一時も待たせたくないんです」
数人の子供達に囲まれ、にこにこと義妹自慢をしている義兄が居た。
「静馬兄ちゃん、おヨメさん貰うんだよね〜♪」
「おヨメさん、どんなヒト〜?」
無邪気に尋ねるちびっコに蕩ける様な微笑みを浮かべ、美形イケメンはそうですねぇ、と待合室の椅子に腰掛けた。
「柔らかくて、フワフワで、抱くとしっかりしてて、舐めると甘いですかねぇ」
「五感でモノを言うか、キサマ」
傍に寄るとアブないので、遠くからスリッパを投げた。
ぺしん、と後頭部に軽い音を立てて、そのまま静馬は踞る。
「あーっ‼︎」「おヨメさんヒドーいっ‼︎」
「静馬兄ちゃん、大丈夫ー⁉︎」
大ブーイングである。義兄、謎の大人気。
子供達は唇を尖らせ、鈴子を囲むと口々に文句を言い始めた。
「『リンちゃん』でしょう?乱暴だよぉ」
「静馬兄ちゃん、背中と足、まだ痛いんだぜェ」
為す術もなく小さな拳にポカポカやられながら、運ばれた先は静馬の前。
幾つかの小さな手に、ドンと突き出されたのは。
婚姻届。
鈴子の目が点になった。
脳内の時間が止まる。
何か、頭の上を流星群かナニカ通り過ぎた様な気さえ、する。
「リンちゃん、静馬兄ちゃんのヨコに名前書いてー!」
一枚では無い、ソレに─────瞬時に結論を導き出す。
義妹は後退ると、背中をがっしりと掴むモノが居た。
義兄である。
悪魔の笑みを浮かべているであろう事は間違い無い。
「.…仕込み?」
何気にペンを持たされていた。───いつの間に?
「朱肉はこちらに」
「ひいっ‼︎」
耳元で囁かれた低く心地好い静馬の声に、冷や汗だか脂汗だか分からないモノし背中を流れていく。
ばんっ!─────持っていた検査用のバインダーを受け付けカウンターに叩きつけたのは一人の少女。
腕を組み、誇り高く反らされた顎に、鈴子はヒーローの後光を感じた。
「タツロウ、シュウヤ。あんた達、いつからソイツの手下になったワケ?」
「美夜子ちゃんッ‼︎」
少女の名前を呼び、救いの手を求める様に駆け寄ってしがみつく義妹。お前、それで良いのか?
しかし、少年達も“そんなンじゃないよー”とか言いながら、彼女の下にワーッと集まる。
「こんにちは、今日も格好良いですね。美夜子ちゃん」
義兄が少女達を侍らせたまま、とびきりの笑顔でご機嫌を伺うが、
「目が微笑って無いわよ?相変わらずのタラシぶりみたいだけど、それがアタシに通用すると思ったら大間違いだわ、魔王」
三十路女の縋る肩をポンポン、と励ます様に叩いて。
取り巻きを引き連れると、小さな女王サマは行ってしまった。
「…あの子だけは懐いてくれないんですよねぇ…」
魔王。言い得て妙。素敵よシスター!ブラボー‼︎
「大体、何でこんなトコに居るんですか、静馬さん。子供達のアイドルもいいですけど、貴方怪我人なんですから、安静にしてないと」
「心配してくれたんですか?」
松葉杖をつきながら意外そうに言われ、鈴子は憮然とした。
病室に辿り着くと、ベッドに腰掛けた静馬に義妹は剣呑な視線を送る。
「貴方、あたしを何だと思ってるんです」
「未来の妻」
あまりの側道に指先まで茹で上がる義妹に、美青年は知らず微笑みを誘われる。
「何、嬉しそうに笑っているのよッ⁉︎」
「おや、そんな顔をしていますか?」
「──────じゃ、なくてッ‼︎」
一旦、手に持ったスリッパを床に叩き付ける鈴子。
「自分を命懸けで助けてくれた恩人の心配一つしない、鬼か悪魔の様に思っているのか、って言ってらんです!」
頭に血が上った鈴子は魔王の直ぐ傍に立ち、通ったその鼻先に指を突き付けた。
するり、とその手を取られた。物凄く自然に。
気が付くと、ポン、と足を払われ、白いベッドに簡単に組み敷かれていた。
「そうですね」
「……アレ?」
まだ鈴子は状況を把握していない。
「こうまで私を焦らして虜にまでした処をみると、妖か小悪魔─────」
触れるだけの接吻キスを音を立てて落とす。
「それとも、この憐れな男の精を貪り尽くしますか?愛しい夢魔サキュバスとして」
黒曜石の瞳が妖しく揺れて、鈴子の視覚を通して脳をすっかり麻痺させた。
「今、ここで」
ぺたん。
ベッドに乗り上げ、浮き上がった義妹の足からスリッパが脱げ落ちた。
その音で鈴子は我に返った。
「はっ‼︎」
がっちりホールドされている己の身体に気が付いたが、最早義妹に打つ手無し!
「ちょ、ちょっ…とぉッ⁉︎ケガ人ッ、上から退きなさいィイイっ!」
そうなのだ。
現在も義兄は結構な怪我人なのだ。
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