あたしとお義兄さん
35.
あの後一同は救急隊員への鈴子の訴えで、現場に意外と近かった一也の居る病院に搬送された。
爆風に吹っ飛ばされた井上社長、爆発物を製造・販売していた若者の一人は意外と軽傷。
警察も来たので、仲間はその内芋づる式に捕まるだろう。
事情聴取の時に聞いた処によると、あの別荘はおっちゃん社長の物だった事が判明した。
鈴子はちょっと考えて、
「井上さんは知人です。爆発騒ぎの真相は良く分かりません。私達は招かれただけですから」
と、どうにでも逃げられる様にバッくれておいた。
ついでにおっちゃんにもその辺口裏合わせろと言い含めた。
「……でも、鈴子さん…私は、君を…」
「皆、生きてます。誰一人、死にませんでした。───────もうそれでいいですよ」
だって、元凶は義兄だし。
鈴子はというと、義兄のおかげで目立った外傷も無く、擦り傷だけで済んでいた。
静馬も幸い怪我は内臓までは至っていなかった。
しかし、脱出の際に掠ったガラス片やら家屋爆発・衝撃に因る出血が酷く、手術と輸血で漸く持ち直してきたばかりで。
左脚も単純骨折しており、やっとギブスを外して自力歩行のリハビリに入ろうという処なのに。
静馬の怪我を慮る鈴子は、抵抗が全く出来ない。
「こんなに直ぐ傍に好きな女性が居るのに、触れる事すら容易に許されない男の身にもなってみませんか?リン」
腕の檻で閉じ込めた静馬の黒い絹糸の様な前髪がさらり、と鈴子の頬に触れる。
「はあ?じゃあ、『おはよう』と『また明日』のキスの強制、アレは何なんですか⁉︎」
両手でかろうじて静馬との間に隙間を作って、彼女は噛みつく様に抗議した。
何故ならそれらは毎回必ず怪我を楯にして、彼が義妹の方からさせるからだ。
特に困るのが、人の居ない時はそれがエスカレートする事だ。
静馬は唇を合わせる時、いつもごく自然に鈴子の後頭部に手を滑らせ、きっちり固定する。
触れるだけな筈のそれが襟足を擽る小指の感触にうっかり驚いた途端、歯列を割って深いものに取って代わる。
偶にブラのホックが外されている。
ガミガミと真っ赤になった義妹から怒られていても、静馬は幸せそうで。
最後には怒る気力すら無くなるのだ。
「愛されている証拠が欲しいんです」
切なく、美しい青年は微笑んだ。彼の不意の表情に義妹の目が見開く。
「今でもあれは私に都合の良い夢だったんじゃないかと…一人になったら思ってしまうんです。朝、貴女の顔を見るまではまだ、信じられなくて」
こつん、と合わせられた額。
「貴女が居ない明日がもう考えられない。だからつい、苛立ってしまうんですよ。
まだ、貴女の全てが私のものでは無い事に」
辛そうな、声。欲情に指先まで灯る熱。伏せられた長い睫毛。
その全てが自分を求める証だと認めた時、鈴子はもう、駄目だと思った。
観念した様に大きく溜息を吐く義妹は、義兄の腕からするりと逃れると、側に置いてあった婚姻届にサインして、判子をポンと押した。
「─────降参した、って言ったでしょ?」
キョトン、とした美青年の首に自ら腕を絡ませて、
「ああ、もうっ。悔しい‼︎いいわね、一回しか言わないわよぉ」
音を立てて鈴子は静馬に接吻した。
何故か、微笑ってしまったけれど。
「貴方を愛しているわ、静馬」
信じられないものを聞いた、という固まり方をした義兄から腕を解こうとした瞬間、鈴子は物凄い力で彼の腕の中に抱き込まれていた。
「っ、ちょ…静馬っ、怪我に、障るから!止め」
「もう、死んでもいいです」
てきぱきとブラウスのボタンを手際良く外し、胸の双丘に顔を埋めていく。
「⁉︎─────もう、あたしを未亡人にする気なのッ⁉︎─────っか、うわっ、んんっ、はっ。…そこ、やだぁ…」
羞恥に抵抗出来ない愛しい女の腕が、やがて、耐えきれず自分の頭を抱く様に回されるまで、静馬はたっぷりと丹念に奉仕すると、妖しく誘う様に問うた。
「では…何処なら宜しいですか?」
ゆっくりと、アリジゴクの如く恋人をベッドに引きずり込むタイミングを計っている処に。
「早瀬センセーの巡回デス‼︎」
でっかい一也の声がちょっと遠くから、わざとらしく聞こえてきた。
「何だい⁉︎白い巨○かい?一也君っ‼︎ところで何で私のスーツの裾を握って放さないのかね?君は」
「はっはっは!小父さん、そうしないと100%走るでしょう。駄目ですよ、廊下は静かにね?」
「君の声の方が煩いんじゃないか?」
「うふふ、一也君はホントに友達思いなのね〜」
続いて工藤パパと伸江の声がした。
わやわやと騒ぐ一行が病室に辿り着くと、
「────ゴメンね静馬クン。君のパパと義理ママがいらしてたから、慌ててこのボクが直々に案内して来たけど、開けてもイイかい?もーいーかい?」
貼り付けた笑顔でゴンゴンとノックする息子の親友に、怪訝そうな顔をするパパ。
「……本当にイイ子ねぇ」
思わず涙する伸江。
「──────どうぞ、構いませんよ」
穏やかな静馬の応えが返ってくる。
だが、その言葉の内容と口調・声音は完全に一致していなかった。
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あの後一同は救急隊員への鈴子の訴えで、現場に意外と近かった一也の居る病院に搬送された。
爆風に吹っ飛ばされた井上社長、爆発物を製造・販売していた若者の一人は意外と軽傷。
警察も来たので、仲間はその内芋づる式に捕まるだろう。
事情聴取の時に聞いた処によると、あの別荘はおっちゃん社長の物だった事が判明した。
鈴子はちょっと考えて、
「井上さんは知人です。爆発騒ぎの真相は良く分かりません。私達は招かれただけですから」
と、どうにでも逃げられる様にバッくれておいた。
ついでにおっちゃんにもその辺口裏合わせろと言い含めた。
「……でも、鈴子さん…私は、君を…」
「皆、生きてます。誰一人、死にませんでした。───────もうそれでいいですよ」
だって、元凶は義兄だし。
鈴子はというと、義兄のおかげで目立った外傷も無く、擦り傷だけで済んでいた。
静馬も幸い怪我は内臓までは至っていなかった。
しかし、脱出の際に掠ったガラス片やら家屋爆発・衝撃に因る出血が酷く、手術と輸血で漸く持ち直してきたばかりで。
左脚も単純骨折しており、やっとギブスを外して自力歩行のリハビリに入ろうという処なのに。
静馬の怪我を慮る鈴子は、抵抗が全く出来ない。
「こんなに直ぐ傍に好きな女性が居るのに、触れる事すら容易に許されない男の身にもなってみませんか?リン」
腕の檻で閉じ込めた静馬の黒い絹糸の様な前髪がさらり、と鈴子の頬に触れる。
「はあ?じゃあ、『おはよう』と『また明日』のキスの強制、アレは何なんですか⁉︎」
両手でかろうじて静馬との間に隙間を作って、彼女は噛みつく様に抗議した。
何故ならそれらは毎回必ず怪我を楯にして、彼が義妹の方からさせるからだ。
特に困るのが、人の居ない時はそれがエスカレートする事だ。
静馬は唇を合わせる時、いつもごく自然に鈴子の後頭部に手を滑らせ、きっちり固定する。
触れるだけな筈のそれが襟足を擽る小指の感触にうっかり驚いた途端、歯列を割って深いものに取って代わる。
偶にブラのホックが外されている。
ガミガミと真っ赤になった義妹から怒られていても、静馬は幸せそうで。
最後には怒る気力すら無くなるのだ。
「愛されている証拠が欲しいんです」
切なく、美しい青年は微笑んだ。彼の不意の表情に義妹の目が見開く。
「今でもあれは私に都合の良い夢だったんじゃないかと…一人になったら思ってしまうんです。朝、貴女の顔を見るまではまだ、信じられなくて」
こつん、と合わせられた額。
「貴女が居ない明日がもう考えられない。だからつい、苛立ってしまうんですよ。
まだ、貴女の全てが私のものでは無い事に」
辛そうな、声。欲情に指先まで灯る熱。伏せられた長い睫毛。
その全てが自分を求める証だと認めた時、鈴子はもう、駄目だと思った。
観念した様に大きく溜息を吐く義妹は、義兄の腕からするりと逃れると、側に置いてあった婚姻届にサインして、判子をポンと押した。
「─────降参した、って言ったでしょ?」
キョトン、とした美青年の首に自ら腕を絡ませて、
「ああ、もうっ。悔しい‼︎いいわね、一回しか言わないわよぉ」
音を立てて鈴子は静馬に接吻した。
何故か、微笑ってしまったけれど。
「貴方を愛しているわ、静馬」
信じられないものを聞いた、という固まり方をした義兄から腕を解こうとした瞬間、鈴子は物凄い力で彼の腕の中に抱き込まれていた。
「っ、ちょ…静馬っ、怪我に、障るから!止め」
「もう、死んでもいいです」
てきぱきとブラウスのボタンを手際良く外し、胸の双丘に顔を埋めていく。
「⁉︎─────もう、あたしを未亡人にする気なのッ⁉︎─────っか、うわっ、んんっ、はっ。…そこ、やだぁ…」
羞恥に抵抗出来ない愛しい女の腕が、やがて、耐えきれず自分の頭を抱く様に回されるまで、静馬はたっぷりと丹念に奉仕すると、妖しく誘う様に問うた。
「では…何処なら宜しいですか?」
ゆっくりと、アリジゴクの如く恋人をベッドに引きずり込むタイミングを計っている処に。
「早瀬センセーの巡回デス‼︎」
でっかい一也の声がちょっと遠くから、わざとらしく聞こえてきた。
「何だい⁉︎白い巨○かい?一也君っ‼︎ところで何で私のスーツの裾を握って放さないのかね?君は」
「はっはっは!小父さん、そうしないと100%走るでしょう。駄目ですよ、廊下は静かにね?」
「君の声の方が煩いんじゃないか?」
「うふふ、一也君はホントに友達思いなのね〜」
続いて工藤パパと伸江の声がした。
わやわやと騒ぐ一行が病室に辿り着くと、
「────ゴメンね静馬クン。君のパパと義理ママがいらしてたから、慌ててこのボクが直々に案内して来たけど、開けてもイイかい?もーいーかい?」
貼り付けた笑顔でゴンゴンとノックする息子の親友に、怪訝そうな顔をするパパ。
「……本当にイイ子ねぇ」
思わず涙する伸江。
「──────どうぞ、構いませんよ」
穏やかな静馬の応えが返ってくる。
だが、その言葉の内容と口調・声音は完全に一致していなかった。
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