あたしとお義兄さん
36.
入室許可を得た途端に、パパが走りこんで来た。
「静馬ッ!具合はどうだね、とゆーか、私の新しい等身大パネルを返しなさい‼︎」
息子の容体より大事な要件の為に詰め寄ろうとして、ヘンな雰囲気に足を止める。
伸江の手前か、美貌の青年は清潔そうな爽やかな笑顔を浮かべているが、オーラが鬼気迫る色を発していたし、項垂れている鈴子は耳の後ろまで赤い。
「どうしたんだい鈴子ちゃん。また静馬に呼び付けられていたんだね?毎日見舞っているらしいが、疲れて風邪でも引いたんじゃないだろうね?」
どれどれ、と額の熱を計ろうとする父親の手から、息子は暴れる義妹の頭を胸に引き寄せてそれを拒んだ。
ふふふふ、と互いに笑い合う親子が怖い。
「静馬君、ゴメンねぇ秀幸さんたら、お茶目さんで。あ、コレお見舞いと頼まれていた品物ね」
義理ママは入院患者の少年少女達を静馬が手懐けている事を知っているので、小さなパックジュースの詰め合わせと小分け出来るお菓子を俯く娘の頭に乗っけた。
「お気遣いありがとうございます。こちらのお礼は後ほど─────」
パパを華麗にスルーして手渡されたのはアルバムに様だった。
鈴子の瞳が光った!
猛スピードでそれを奪取して中身を見聞すると………
「……お、おのれ…娘を、売りおったかッ⁉︎伸江えぇ‼︎」
《写ルンで○》の謎は全てマルッと解けた。
母は静馬から電話があった、と言っていた。
あの時点で闇取引きは既に行われていたのだ。
中身は勿論、正月の晴れ着姿から寝姿に至るまで。前者以外は全て盗み撮りだ。
「だって、静馬君が私達二人に新婚旅行のプレゼントをしてくれるって言うから」
金銭面の問題では無い。たっぷり楽しめる様、その間彼が社長代行として会社の方を預かると申し出たのだ。
「秀幸さんとゆっくり旅行したかったのよー」
「─────伸江さんッ‼︎」
感極まって母を抱き締める義父。その様子を生温かく見守る息子。
「だからって、即決で娘を売るなあぁぁあーっ‼︎」
「気持ちは分かるけど、病院で叫ぶのはよそうや…リンちゃん」
すっかり存在を忘れられていた一也が、入口に寄りかかりながら突っ込んだ。
後、さっき何かこう…引っ掛かる事があった様な……。
鈴子は『はっ!』と顔を上げた。
新しい等身大パネルだとッ⁉︎
機敏にベッドを離れた彼女はその下を素早く覗き込んだ。ここしか、無い‼︎
折り畳まれたソレを蹴りで一発、押し出した。
なんと!またしても、出てきたのは自分の晴れ着姿。
「─────なんじゃあ、こりゃああああっ⁉︎」
「ああっ、やっぱりお前か、静馬ッ‼︎第二秘書の伊藤を買収したなッ⁉︎」
「夜は貴女の姿が見えないから、つい寂しくて」
「病院内は静かにイィ‼︎」
四者四様の叫びに、遂に通り掛かった婦長から説教を食らう全員。
静馬が看護師から熱視線を浴びない理由を、鈴子はここにして最もイヤな形で知った。
同時にムリヤリ個室にしろと大枚を叩いた事情も。
「さて、一同落ち着いた処で…お父さん、お話があります」
「──────結婚の話なら、反対だぞ」
打てば響く、とばかりに不機嫌に切り返す父、秀幸。
一同は見舞いのパックジュースをチュー、と啜りながら成り行きを見守る。
静馬の顔は真剣そのものだ。
「私がリンと結婚すれば、名実共にこの女性ひとは貴方の娘になります。
何処の馬の骨ともつかぬ男の嫁に取られるよりは、余程堂々と干渉出来ると思いますが?」
干渉……させるのか?
一也、伸江、鈴子は視線があらぬ方向に泳いだ。
だが、その提案に明らかに心動かされ、父の眉根は難しそうに寄っている。
「何より今まで婚姻届を出すのを待っていてくれたんでしょう?」
静馬が切り札を出すと、父は溜息を吐いた。
「それが伸江さんの頼みだったからだ」
母娘を愛しげに見やると、しみじみとした口調で義父は語った。
「伸江さんがな、多分あの二人は好き合っているでしょう、と言うんだ。そして、一度ちゃんと『兄妹』になってしまえば、怖がりの鈴子ちゃんはそこ・・を踏み越えて行かないともな」
母が微笑んでいた。あたしは図星を指されて胸が詰まってしまう。
「『出来れば、皆で幸せになりたいんです』そう…言ってくれてな。それが苦労を掛けた娘への僅かながらの自分からの手向けなのだと。
意地っ張りなあのコは、多分余程の事が無ければ、恋を認めようとしない。だけど、それが叶った暁には問題なくお前に手渡したいのだ、ともな」
そこでじろり、とロマンスグレー義父は義兄を一瞥した。
「お前の事を私が何一つ知らんとでも、思ったか」
これがこの親子が本当に向き合った初めての瞬間だったかもしれない。
「何にも執着しない、頓着しないお前が変わったのは彼女のお陰だ。
漸く『人』となれたお前は『理由』を手放したく無いだけではなかろうな?
私は自分が成し遂げられなかった責任を、義理の娘になすり付けるつもりは欠片も無いぞ」
静馬は深く頷いた。
「分かっています。以前の自分がどういう者であったか。…そして、同時に彼女によって生まれ変わった事も。
─────世界が色付き、蕾が綻び、花になる様に…私は生きる意味を知った」
真っ直ぐにふっくらとした義妹を見つめる。
「その意味があの女性ひとです」
生きる為に理由が必要なのでは無い。
意味があるから、生きていけるのだ。
静馬は知らず《愛》を語った。息をするより自然に。
父はうーん、と唸る。弱り切って横を垣間見ると、新しい妻が微笑んでいた。
「干渉はバンバンするぞ」
「望む処です」
事実上和解したらしい。
鈴子はホッとして部屋を出た。
どさくさに紛れて、自分の等身大パネルを回収しながら。
まあ、初めてあの二人は親子らしい語らいをするのだ。
自分が肴でも辛抱しよう、と思った。
楽しげな三人を見て苦笑しながら。
ガラガラと恥ずかしいソレを運んでいると、向こうから来るのは美夜子ちゃんだった。
「……何よ、それ……?」
「聞かないで」
まあまあ、とごまかしながら廊下のどん詰まりの小スペースでジュースを奢ると、彼女はちらりと折り畳まれたパネルと鈴子を一瞥した。
「とうとう魔王に捕まっちゃったのね、アンタ」
「……うん」
何で分かっちゃったんだろう…。
七歳程の少女と三十路を突っ走る女が立場逆転。情けなかった。
「分かってんの?アレはアンタの手に負える男じゃなくてよ?あーあ、オバちゃんの言ってた通りになっちゃったー。
せっかくエンゴしてやってくれ、って頼まれたのに」
腰に手を当てて、仁王立ちの少女はそう吐き捨てた。
「オバちゃん?」
「相沢美夜よ。知ってんでしょ?あたし、姪っ子なの」
だから、『美夜子』。やけに庇ってくれたのはその所為だったのか。
得心のいった鈴子は嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうね、美夜子ちゃん。…まあ、あんな男性おとこだけど、それでも命懸けであたしを助けに来てくれたのよ。悪い人じゃ、ないわ(多分)」
そう、弱々しく窓の外に視線を設定して、鈴子は頷く。
「何、自分に言い聞かせてんのよ、アンタ」
黒髪をツインテールにした美少女は、鈴子の顔を両手で挟むと、ぐいっ、と自分の方に向けた。
「どんだけ人が良いのよ、リンちゃん
臭うわ、何か話がウマ過ぎるのよッ‼︎うぞーむぞーは騙せても、この美少女戦士マジカルレディは騙せないわ‼︎────ちょっと、事情を聞かせなさい」
「……(マジカルレディって)え〜っと……」
かい摘んで、ざっと事件の仔細を説明すると、美夜子はキラリン、と瞳を輝かせた。
「睨んだ通りね……都合が良過ぎるわ」
.
入室許可を得た途端に、パパが走りこんで来た。
「静馬ッ!具合はどうだね、とゆーか、私の新しい等身大パネルを返しなさい‼︎」
息子の容体より大事な要件の為に詰め寄ろうとして、ヘンな雰囲気に足を止める。
伸江の手前か、美貌の青年は清潔そうな爽やかな笑顔を浮かべているが、オーラが鬼気迫る色を発していたし、項垂れている鈴子は耳の後ろまで赤い。
「どうしたんだい鈴子ちゃん。また静馬に呼び付けられていたんだね?毎日見舞っているらしいが、疲れて風邪でも引いたんじゃないだろうね?」
どれどれ、と額の熱を計ろうとする父親の手から、息子は暴れる義妹の頭を胸に引き寄せてそれを拒んだ。
ふふふふ、と互いに笑い合う親子が怖い。
「静馬君、ゴメンねぇ秀幸さんたら、お茶目さんで。あ、コレお見舞いと頼まれていた品物ね」
義理ママは入院患者の少年少女達を静馬が手懐けている事を知っているので、小さなパックジュースの詰め合わせと小分け出来るお菓子を俯く娘の頭に乗っけた。
「お気遣いありがとうございます。こちらのお礼は後ほど─────」
パパを華麗にスルーして手渡されたのはアルバムに様だった。
鈴子の瞳が光った!
猛スピードでそれを奪取して中身を見聞すると………
「……お、おのれ…娘を、売りおったかッ⁉︎伸江えぇ‼︎」
《写ルンで○》の謎は全てマルッと解けた。
母は静馬から電話があった、と言っていた。
あの時点で闇取引きは既に行われていたのだ。
中身は勿論、正月の晴れ着姿から寝姿に至るまで。前者以外は全て盗み撮りだ。
「だって、静馬君が私達二人に新婚旅行のプレゼントをしてくれるって言うから」
金銭面の問題では無い。たっぷり楽しめる様、その間彼が社長代行として会社の方を預かると申し出たのだ。
「秀幸さんとゆっくり旅行したかったのよー」
「─────伸江さんッ‼︎」
感極まって母を抱き締める義父。その様子を生温かく見守る息子。
「だからって、即決で娘を売るなあぁぁあーっ‼︎」
「気持ちは分かるけど、病院で叫ぶのはよそうや…リンちゃん」
すっかり存在を忘れられていた一也が、入口に寄りかかりながら突っ込んだ。
後、さっき何かこう…引っ掛かる事があった様な……。
鈴子は『はっ!』と顔を上げた。
新しい等身大パネルだとッ⁉︎
機敏にベッドを離れた彼女はその下を素早く覗き込んだ。ここしか、無い‼︎
折り畳まれたソレを蹴りで一発、押し出した。
なんと!またしても、出てきたのは自分の晴れ着姿。
「─────なんじゃあ、こりゃああああっ⁉︎」
「ああっ、やっぱりお前か、静馬ッ‼︎第二秘書の伊藤を買収したなッ⁉︎」
「夜は貴女の姿が見えないから、つい寂しくて」
「病院内は静かにイィ‼︎」
四者四様の叫びに、遂に通り掛かった婦長から説教を食らう全員。
静馬が看護師から熱視線を浴びない理由を、鈴子はここにして最もイヤな形で知った。
同時にムリヤリ個室にしろと大枚を叩いた事情も。
「さて、一同落ち着いた処で…お父さん、お話があります」
「──────結婚の話なら、反対だぞ」
打てば響く、とばかりに不機嫌に切り返す父、秀幸。
一同は見舞いのパックジュースをチュー、と啜りながら成り行きを見守る。
静馬の顔は真剣そのものだ。
「私がリンと結婚すれば、名実共にこの女性ひとは貴方の娘になります。
何処の馬の骨ともつかぬ男の嫁に取られるよりは、余程堂々と干渉出来ると思いますが?」
干渉……させるのか?
一也、伸江、鈴子は視線があらぬ方向に泳いだ。
だが、その提案に明らかに心動かされ、父の眉根は難しそうに寄っている。
「何より今まで婚姻届を出すのを待っていてくれたんでしょう?」
静馬が切り札を出すと、父は溜息を吐いた。
「それが伸江さんの頼みだったからだ」
母娘を愛しげに見やると、しみじみとした口調で義父は語った。
「伸江さんがな、多分あの二人は好き合っているでしょう、と言うんだ。そして、一度ちゃんと『兄妹』になってしまえば、怖がりの鈴子ちゃんはそこ・・を踏み越えて行かないともな」
母が微笑んでいた。あたしは図星を指されて胸が詰まってしまう。
「『出来れば、皆で幸せになりたいんです』そう…言ってくれてな。それが苦労を掛けた娘への僅かながらの自分からの手向けなのだと。
意地っ張りなあのコは、多分余程の事が無ければ、恋を認めようとしない。だけど、それが叶った暁には問題なくお前に手渡したいのだ、ともな」
そこでじろり、とロマンスグレー義父は義兄を一瞥した。
「お前の事を私が何一つ知らんとでも、思ったか」
これがこの親子が本当に向き合った初めての瞬間だったかもしれない。
「何にも執着しない、頓着しないお前が変わったのは彼女のお陰だ。
漸く『人』となれたお前は『理由』を手放したく無いだけではなかろうな?
私は自分が成し遂げられなかった責任を、義理の娘になすり付けるつもりは欠片も無いぞ」
静馬は深く頷いた。
「分かっています。以前の自分がどういう者であったか。…そして、同時に彼女によって生まれ変わった事も。
─────世界が色付き、蕾が綻び、花になる様に…私は生きる意味を知った」
真っ直ぐにふっくらとした義妹を見つめる。
「その意味があの女性ひとです」
生きる為に理由が必要なのでは無い。
意味があるから、生きていけるのだ。
静馬は知らず《愛》を語った。息をするより自然に。
父はうーん、と唸る。弱り切って横を垣間見ると、新しい妻が微笑んでいた。
「干渉はバンバンするぞ」
「望む処です」
事実上和解したらしい。
鈴子はホッとして部屋を出た。
どさくさに紛れて、自分の等身大パネルを回収しながら。
まあ、初めてあの二人は親子らしい語らいをするのだ。
自分が肴でも辛抱しよう、と思った。
楽しげな三人を見て苦笑しながら。
ガラガラと恥ずかしいソレを運んでいると、向こうから来るのは美夜子ちゃんだった。
「……何よ、それ……?」
「聞かないで」
まあまあ、とごまかしながら廊下のどん詰まりの小スペースでジュースを奢ると、彼女はちらりと折り畳まれたパネルと鈴子を一瞥した。
「とうとう魔王に捕まっちゃったのね、アンタ」
「……うん」
何で分かっちゃったんだろう…。
七歳程の少女と三十路を突っ走る女が立場逆転。情けなかった。
「分かってんの?アレはアンタの手に負える男じゃなくてよ?あーあ、オバちゃんの言ってた通りになっちゃったー。
せっかくエンゴしてやってくれ、って頼まれたのに」
腰に手を当てて、仁王立ちの少女はそう吐き捨てた。
「オバちゃん?」
「相沢美夜よ。知ってんでしょ?あたし、姪っ子なの」
だから、『美夜子』。やけに庇ってくれたのはその所為だったのか。
得心のいった鈴子は嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうね、美夜子ちゃん。…まあ、あんな男性おとこだけど、それでも命懸けであたしを助けに来てくれたのよ。悪い人じゃ、ないわ(多分)」
そう、弱々しく窓の外に視線を設定して、鈴子は頷く。
「何、自分に言い聞かせてんのよ、アンタ」
黒髪をツインテールにした美少女は、鈴子の顔を両手で挟むと、ぐいっ、と自分の方に向けた。
「どんだけ人が良いのよ、リンちゃん
臭うわ、何か話がウマ過ぎるのよッ‼︎うぞーむぞーは騙せても、この美少女戦士マジカルレディは騙せないわ‼︎────ちょっと、事情を聞かせなさい」
「……(マジカルレディって)え〜っと……」
かい摘んで、ざっと事件の仔細を説明すると、美夜子はキラリン、と瞳を輝かせた。
「睨んだ通りね……都合が良過ぎるわ」
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