あたしとお義兄さん
 37.



「───────都合が良過ぎるんだよ」

 両親が帰った後も、一也は残っていた。
「何ですか、藪から棒スティックに」

 一頻り結婚式と新婚旅行と新婚生活について熱く主張を戦わせていた静馬は、コーヒーメーカーから二杯分のコーヒーを注いだ若き医者から紙コップを受け取った。

「ルー○柴かっつーの」
 パイプ椅子を引き寄せ、背もたれを前にして長い脚で跨ぐ様に座ると、一也は端正な顔を引き締めた。

「一つ、聞いてもいいか?」

 さらりと黒髪を揺らして、静馬は頷いた。

「もし、俺があんな連中に捕まったら…お前、どうする?」
 ちょっと驚いた顔をして親友を見つめた静馬は、
「勿論、何を措いても助けに行きますよ」
 そこには暦とした男の友情が存在していた。
「俺とリンちゃんが同時に別々の場所でお前に助けを求めたら?」
 少し苦笑して、静馬は頭を下げた。

「─────すみません、一也。リンを助けに行きます」

 コーヒーの残りをグッと飲み干すと、そちらを見る事もせずに握り潰した紙コップを放り投げた。
「覚悟はあるみたいだな」
 視線に鋭さが混じった。額に掛かる茶髪を親友は無造作に搔き上げる。
「何の話です?」
「俺に本当の話を聞かせろ。リンちゃんには一生黙っておいてやるから」
「意味が分かりませんよ、一也」
 そう不思議そうに首を傾げる友人の前に、人差し指を掲げる。

「誘拐犯のおっさん、あんまりSNSには詳しく無かったらしいな。勧めたのは誰だ?」

 Vサインをする様に、指を一本増やす。

「二つ、おっさんの『ネット友達』ってのは、誰だ?─────サーバーを幾つも経由していたみたいで、とうとう警察も辿れなかったらしいぜ?随分、用心深いこったな」

 静馬の表情は崩れない。

「幾ら動機が繋がらないからとはいえ、大胆な事をしたもんだな。え?お前がおっさんを訴えない、と言った時から違和感を拭えなかったんだよ。
 擦り傷とはいえ、愛しいリンちゃんに傷を負わせる一端を担った男をお前が簡単に許す筈が無いからな。何より、原因も結果もお前に都合が良すぎるんだよ」

 それでも何も言わない静馬に焦れた一也は立ち上がり、椅子を退けた。
「─────美夜子とお前は昔、変な事に凝ってたな。どのくらいの火薬なら家一軒吹っ飛ばせるか、とかよ。.……リンちゃん、確かまだ帰っていない筈だよな?」

 大きな溜息が漏れた。戸に手を掛けた青年の背中を、涼やかな声が引き止めた。
「……待って下さい、一也。分かりました、くれぐれもあの女性ひとには内緒ですよ?」

 一也は廊下に首だけを出し、誰の姿も無いのを確認する。

「─────よし、話せ」


 盗聴器の有無まで確認し、一連の事件の顛末を静かに語り出した親友しずま。

 それは一ベクトルに対してのみ、恐るべき内容だった。

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