ヒステリックラバー
「まあ僕はほとんど何もできないのですけど……大変なのはやっぱ戸田さんですね」
武藤さんがそう言った。私は山本さんの後任の人への引き継ぎもある。確かに一番忙しくなるのは私なのだ。
「山本さんは大雑把なので細かいことは少ないから案外楽なんですよ。武藤さんの方が大口顧客が多いから今から不安です……」
私は本心でそう言った。武藤さんと山本さんはそれぞれ優秀な営業マンだ。山本さんは数が多くて、武藤さんの顧客は少ないけれどどれも大手ばかりだ。
「美優さんなら大丈夫です!」
どこか抜けたところのある田中さんの力強い言葉に武藤さんは私の前で珍しく笑った。
「田中さんが人妻かぁ……」
私は小さく呟いた。
「いいなあ……結婚」
つい羨ましい気持ちを言葉に出してしまった。私も酔い始めているようだ。結婚に焦っていると思われてしまうことが恥ずかしくなる。
「美優さんも彼氏と付き合って長いですよね?」
田中さんだけでなく社員のほとんどが正広と付き合って長いことを知っている。そういえば、そのことを武藤さんも知っているのかもしれない。武藤さんがまたグラスを空にした。
「もう付き合って5年になるかな」
私は武藤さんのグラスにビールを並々と注ぎならそう言った。
「5年かー。長いですね。じゃあ美優さんも結婚を考えますよね」
「うーん……そうなんだけど……」
ここ最近の正広との関係を思い出した。
「向こうも仕事が忙しいみたいだし、ここのところあんまり会ってないからね……」