ヒステリックラバー

暗い表情の私と違い武藤さんは穏やかな顔だ。そんな武藤さんに背を向けて足を踏み出した。早くこの場から逃げてしまいたいけれど、平静を装ってできるだけ普段どおりの歩幅とスピードで歩く。後ろを振り返ることはできないし、振り返ろうとも思わない。

私には正広がいる。武藤さんのことはどうやったって同僚としか思えない。
まさか告白されるとは思っていなかった。気まずい関係の修復だけで十分だったのに。こんなことなら私への気持ちを隠してくれていた方が楽だったのだ。来週からどんな顔をして接したらいいのだろう。










「そういえば髪染めた?」

正広の家に入ってしばらくした頃にやっと私の髪の変化に気づいたようだ。横に座りながら頭のてっぺんから毛先まで面倒くさそうに視線を動かす。

「ああ、うん。少し明るくしてみたんだ」

「いいんじゃない? 似合ってる」

無表情だけれど正広から似合っていると言ってくれたことが嬉しくて、無意識に髪を撫でた。山本さんや武藤さんにも似合っていると言われた以上に正広に言われると心から嬉しい。受け取り方が全然違う。同僚のお世辞の混じった褒め言葉よりも、恋人の正広なら本音で言ってくれる。

「あ」

カーペットに寝転んだ正広が急に起きて玄関に置いてあるカバンから包装紙に包まれた箱を出した。

「はい、ホワイトデー」

そう言って私の目の前に箱を差し出す。思いがけないプレゼントに顔がにやける。「ありがとう」と言って受け取り赤いリボンを解いて開けると、中にはマカロンが入っていた。

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