ヒステリックラバー

「はい。いらなかったですか?」

やっぱり武藤さんはコーヒーをいらなかったのか。余計なことをしてしまったとカップを下げようとすると「あ、いえ、嬉しいです。ありがとうございます!」と武藤さんは慌ててカップの取っ手に指をかけた。なぜか焦ったような様子がおかしくてつい笑った。武藤さんはそんな私を見つめた。

「すみません……」

私が笑ったことで武藤さんが気分を害したら大変だと慌てて謝り、にやけた顔を必死で真顔にする。私が慌てても武藤さんは怒った様子はなく、意外にも少し照れたように笑うと再び「ありがとうございます」と言ってカップに口をつけた。

イケメンはコーヒーを飲むのも絵になるなと惚けたけれど、すぐに自分を嫌っている人の前に立つことは疲れると実感し、近づかなきゃよかったと後悔して静かに離れた。



◇◇◇◇◇



定時を過ぎると社員が次々と退社していく。正広の家に行きたいから早く帰りたいのに、山本さんがまだ会社に戻らない。先に帰るのも悪い気がして資料の整理をして連絡を待っていた。
フロアに電話が鳴る音が響いても残った社員は積極的に受話器を取ろうとしなかった。定時を過ぎてかかってくる外線にはみんな出たくないのだ。

「もう……」

私は不満気味に呟いて仕方なく電話に手を伸ばしたけれど、それより早く前のデスクに座る同じく営業事務の後輩が受話器を取るのが早かった。
後輩は用件を聞くと「申し訳ありません」と電話の相手に謝っている。何かトラブルがあったようだ。眉間にシワを寄せて電話応対する後輩の顔は、何度も謝罪をする度にどんどん暗くなっていく。

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