恋におちて


タクシーできた親父を車に乗せ、
どんだけ信用ねぇんだよと
少しイラつきながらホテルの駐車場に
車を止め、親父のあとからホテルに入った。

「待たせてしまったみたいだ。」

親父の言葉に視線を向けた先…

鮮やかな振り袖を着た一人の女性に
俺は釘付けになった。

このホテルの日本庭園は美しいと有名で
ロビーからも一部だが望めるように
ガラス張りになっている。

そこから降り注ぐ秋特有の柔らかな
日差しの中、同じような柔らかな笑みを
浮かべた女性が座っていた。

透けるような白い肌と
対照的な漆黒の髪を綺麗に結い上げ、
藤色の振り袖がよく似合う綺麗というより
愛らしい人だった。

唖然とする俺をよそに親父は迷うことなく
彼女達のほうへ歩を進めた。

近づくにつれ、顔がはっきりみえてくる。

少しぽっちゃりした頬と大きすぎない目元。
どこにでもいる普通の顔なのに
眩しそうに目を細め庭園を眺める横顔も、
視線を下げて俯く顔からも視線を
そらせなかった。

彼女の笑顔につられるように
自分の口元も緩んでいることにも
気づかなかった。


あぁ俺はこの人と結婚するんだ


突然浮かんだ思考に驚きながらも
納得している自分もいて、
親父の声に反応して立ち上がり、
振り向いた彼女に俺の笑みはさらに
深くなった。

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