恋におちて


警察官だった父が職務中に亡くなったのが
私がまだ小学二年生だった頃。

いくら殉職で二階級昇進したと言っても
専業主婦だった母が一人で私を育てるのは
想像以上に大変だったはず。

まして、“女の子だから”と、古い考えから
華道や習字、ピアノなど習い事も
通っていたから尚更だ。

慣れない仕事で毎日遅くまで働いていた
母を喜ばせたくて、
勉強も習い事も必死で頑張った。

小学校四年生の時の合唱コンクールで
ピアノを弾いた時に、
凄く喜んでくれた母の笑顔が忘れられなく
学校のピアノで練習したこともあった。

華道教室でいけた花を持って帰ると
“おうちにお花があるっていいわね”と
優しく微笑んでくれた。

ピアノを弾くのに指先の怪我を気にして
扱える花は限られてしまったけど、
我が家で花が絶える日はなかった。


自分に飛び抜けた才能があるなんて
思ったことは一度もない。

“母を喜ばせたい”

その一心が私の学生時代のすべてで、
友達と遊んだ記憶より習い事の思い出の
ほうが多いくらいだ。



「そろそろ行かなきゃ」

鏡に写る情けない顔をした女に
“頑張れ”と気合いを入れて
母が待つラウンジへと足を向けた。

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