恋におちて


困惑しながらも、小さく頷き、
「待ってます。」と、言ってくれた
ことに、ホッとしたのも一瞬で、
彼女の気持ちが変わらないうちに
あの柔らかな手を再び掴むため、
余裕なんてなかった。

いつになく真剣な俺の表情に親父が
意味ありげに口角をあげたが、今は
それどころじゃない。


駐車場に停めてあるという彼女の車まで
見送り、自分の車へと急ぐ。

「式はいつにする?」

「まだ彼女の返事をもらってない。」

会話をしつつも歩く早さは緩めない。

「深雪さんの答えは決まってる。」

「あっ?」

聞き捨てならない親父の言葉にドアを開けてる
手が止まり、後ろへ振り返ると、
意地の悪い笑みを浮かべている親父と
目が合った。

「どういう意味だ?」

「深雪さんに見合いを断るという
選択肢はない。」

「……」

要領の得ないやり取りに眉間の皺が深くなる。

「今回の見合いは栞さん、彼女の母親の
希望で設けた席だ。」

あ~…なんとなく話が見えてきた。

「渡しておいたお前の写真や釣書には
一度も目を通さず、ただ、笑って了承した
そうだ。」

「それだけで何故言い切れる?」

「親子だからわかるそうだ。」

親父の笑った顔が寂しそうに見えるのは
気のせいだろうか…

「だからこそ、自分がしっかりと
相手を見定めなきゃと笑っていたが……」

一度言葉を切り、意味ありげに俺の顔を
覗き込む。

「お前が断るなら次を探すそうだ。」

ジョーダンじゃない。
誰にも渡さない。

「式はなるべく早く頼む…ことになるよう
祈っててくれ。」

悪いがタクシーで帰ってくれと言い捨て
車を走らせた。








< 22 / 29 >

この作品をシェア

pagetop