恋におちて
困惑しながらも、小さく頷き、
「待ってます。」と、言ってくれた
ことに、ホッとしたのも一瞬で、
彼女の気持ちが変わらないうちに
あの柔らかな手を再び掴むため、
余裕なんてなかった。
いつになく真剣な俺の表情に親父が
意味ありげに口角をあげたが、今は
それどころじゃない。
駐車場に停めてあるという彼女の車まで
見送り、自分の車へと急ぐ。
「式はいつにする?」
「まだ彼女の返事をもらってない。」
会話をしつつも歩く早さは緩めない。
「深雪さんの答えは決まってる。」
「あっ?」
聞き捨てならない親父の言葉にドアを開けてる
手が止まり、後ろへ振り返ると、
意地の悪い笑みを浮かべている親父と
目が合った。
「どういう意味だ?」
「深雪さんに見合いを断るという
選択肢はない。」
「……」
要領の得ないやり取りに眉間の皺が深くなる。
「今回の見合いは栞さん、彼女の母親の
希望で設けた席だ。」
あ~…なんとなく話が見えてきた。
「渡しておいたお前の写真や釣書には
一度も目を通さず、ただ、笑って了承した
そうだ。」
「それだけで何故言い切れる?」
「親子だからわかるそうだ。」
親父の笑った顔が寂しそうに見えるのは
気のせいだろうか…
「だからこそ、自分がしっかりと
相手を見定めなきゃと笑っていたが……」
一度言葉を切り、意味ありげに俺の顔を
覗き込む。
「お前が断るなら次を探すそうだ。」
ジョーダンじゃない。
誰にも渡さない。
「式はなるべく早く頼む…ことになるよう
祈っててくれ。」
悪いがタクシーで帰ってくれと言い捨て
車を走らせた。