恋におちて
さなえの家の近くの喫茶店に入り、
コーヒーを頼み、電話をかける。
「どうしたの?いきなり。」
「呼び出して悪い。」
「別に出掛けるようもないからいいけど…」
注文してきたのか、さなえの前にも
コーヒーが置かれた。
「なに?お見合いの報告なら
気にしてないからしなくていいわよ?」
さなえの言葉に朝のやり取りを思い出す。
時間がないと言うと、昨夜の親父からの
電話を、他の女からの電話だと言い出すから
親父に強要された見合いが今日で、
結婚する気はないから相手に直接断りに行くと
包み隠さず話した。
“晃の言葉を信じて待ってるから
終わったら連絡ちょうだい。”
思い出したさなえの言葉に罪悪感を覚える。
「すまない。」
「えっ…」
さなえの顔が強張り、視線が揺れる。
「もう君とは付き合えない。」
「なに……えっ…」
「全面的に俺が悪い。」
「う…そでしょ……」
「一瞬で恋に落ちた。彼女と結婚したいと……」
バシャっと音と共にコーヒーの香りが
辺りに広がる。
「4年よ?4年も付き合ってて……」
スーツに染み込むコーヒーもそのままに
真っ直ぐさなえの目を見る。
「どうして?私じゃダメなの?」
涙を流すさなえを初めて見た。
それでも優しい言葉をかけようとは思わな
かった。