僕の知らない、いつかの君へ
菜々子に好きな人が出来たなら、俺はどうすればいい?
菜々子に好かれることが当たり前みたいに思っていたツケが、今頃まわってきたような気がする。きっと幸せ過ぎたんだ、俺は。
どうしようもない孤独と不安が押し寄せて、胸が苦しくなる。
なにかにとりつかれたみたいにスマホの画面をスクロールして、かけたことのない電話番号をタップする。
なかなか出ない。いらいらしてデスクをこんこんと指先で叩く。
『なんやこんな遅い時間に』
迷惑そうと言うよりは、心配そうな声だった。
初めて電話をかけたのに、まるでいつものことだみたいに自然な感じで、彼は言った。それがありがたくもあり、少し恥ずかしくもあった。まるで、俺がいつか頼って来ることが、わかっていたみたいに。
『なんかあったんやろ?どうしてん』
心強かった。
母親と姉貴と俺と、ずっと三人で細く小さくなって生きてきた。誰かを頼るってことは、イコール負けを認める事だみたいに思っていた。
友達にだって、近所の人にだって、頼ったことなんてなかった。それが父親のいない俺のプライドでもあったから。
「あの、今から会えませんか」
だけど今、俺は驚くほどすんなりと、こんな甘えた台詞を口にしている。
ただの一歳しか違わない、姉貴に惚れているってだけの野球バカの男相手に。
『何時や思てんねん!彼女か!』
森田はちょっと笑いながら、そう言った。
夜の11時をまわってからいきなり会いたいだなんて、本当にワガママな彼女みたいだ。自分でもそう思う。
「やっぱりいいっす。すみません」
『何言ってんねん、すぐ行くから待っとき。寮からチャリで10分や。言っとくけど、君んちが二駅以上離れてたら断ってたで』
やっぱり笑いながらそう言って、森田は一方的に電話を切った。
いつもなら、「家知ってるなんてさすがストーカーっすね」とか言い返したいところだったけど、素直に嬉しいと思う気持ちが勝ってしまった。
兄貴ってこんな感じかな、と思ったのは二回目。悔しいけど、やっぱり森田はかっこいい。
胸の苦しさも、いつの間にか消えている。