僕の知らない、いつかの君へ
チャリで10分って言った森田から、電話がかかってきたのはわずか7分後のことだった。
『着いたで。マンションの下におる』
速っ!と呟きながらパーカーを羽織ってすぐに部屋を出る。エレベーターを降りるあいだ、俺は菜々子のことばかり考えていた。
マンションのエントランスを抜けると目の前にチャリにまたがった森田が待っていた。風神雷神って書かれた変なTシャツにジャージ。寝ていたそのままの格好で出てきたって感じだ。
「俺のチャリ漕ぐ速さに焦ったやろ」
大丈夫か?でもなく、なんで呼んだ?でもなく、笑いながら得意げにそう言った森田の肩や腕や足首は逞しくて、俺はなんだか泣きそうな気持ちになる。
「とりあえず、これでも飲みながら話そか」
背中に回されたかばんから取り出したのは瓶のデカビタ。なんでそれをセレクトしたのか謎でしかない。
つめたく冷えたそれを受け取って、ふたりでマンションの下の花壇の横のベンチに腰掛けた。
「で、俺に会いたかった理由ってなんなん?まさかちょっと顔が見たかっただけ、とかホンマに彼女みたいなこと言わんとってや、焦るから」
デカビタをぷしゅっと開けながら森田が笑う。たぶん空気を和ませようとしてくれてるんだろうとわかるから、なんだかこいつは俺より一つ年上なだけでずいぶん大人なんだなと思う。
「俺、明日、彼女にふられるんです」
ぼそっと言った俺に、森田はしばらく黙ってデカビタを飲んでいた。星なんてほとんど見えない空を見上げている。
「なんでふられるって解るねん」
「わかるんです。理由は言えないですけど」
「なんやそれ。わけわからんな」
俺も、デカビタをのどに流し込む。強い炭酸と酸味が喉を無理矢理押し開いていくような感じが心地いい。森田と同じように俺も、星の見えない空を見上げていた。