【完】DROP(ドロップ)
灰色の雲が、一面に広がった空。
照りつけた太陽のジリジリとした暑さはなく、ジメジメした蒸し暑い重い空気の中、原付を走らせる。
朝、突然の圭矢からの電話は、
着替えを取りに戻って来たけど、見つからない物があるから来て欲しい。
それだけだった。
都合の良い女って思われるかも知れない。
だけど、あたしからすれば圭矢があたしに頼ってくれるのが嬉しかった。
あたしじゃなきゃ、わからない事がある。
それだけが嬉しくて仕方ないの。
いつもみたいに、暗証番号を押して自動ドアのロックが解除される。
開いたドアから、圭矢のマンションの香りが広がって……それだけで胸がキューンってした。
一歩中へ入ると自然と零れてしまう笑み。
誰かに見られてたら、あたし絶対に変な子だよね。
だけど、笑っちゃう位に嬉しかったんだもん。
昨日、送れなかったメールが圭矢に届いたみたいで。
どんな形でも、圭矢に会える。
ドキドキと高鳴った胸と、自然と早くなる足。
角を曲がれば、見えるエレベーター。
その時、さっきまで軽かった足取りは急に重くなってしまった。
ピタッと止まった足と、一点を見つめる目線。
その先に見えたものは、
“杉下奈央”
だった。