エリート上司の過保護な独占愛
 結局どこにも行く場所がなく、自宅の最寄り駅で降りた。商店街の店は飲み屋と定食屋はまだ営業しているようだが、スーパーはすでに店じまいの準備を始めていた。

 このまま部屋に戻ったところで、すぐに裕貴にみつかってしまう。きっと真面目な裕貴はちゃんと話をするために、沙衣に会いに来るに違いない。

 先ほど話をした内容だけでは、納得してもらえないのだろうか。もし今日もう一度裕貴に会ってしまえば、自分のやってきたことを無視して彼に縋り付いてしまいそうだ。彼が好きになったのは、沙衣自身が作り上げた別の人間なのに。

 そう思うとまた涙があふれだしそうだった。自分が蒔いた種だったけれど、悲しくて情けなくてトボトボと歩いていると、営業中のカサブランカが目に入った。なんとなく吸い寄せられるように扉を開くと、いつも通りの「いらっしゃい」の声が向かい入れてくれた。

「あの、少しだけ……いいですか?」

 カウンターを拭いていた奥さんが、沙衣の顔を見るなり心配そうに覗き込んだ。しかし何もなかったかのように笑顔を向けてくれた。

「いつもいってるでしょ。沙衣ちゃんなら大歓迎だって」

 温かい笑顔に励まされるように、沙衣がいつものカウンタ―の席に座った。

「いつもので、いいかい?」

「はい。お願いします」

 いつもなら「うちはコーヒー屋なんだ」と一言いうマスターだったが、今日は沙衣の様子を見て何も言わずにいた。
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