エリート上司の過保護な独占愛
 紗衣と裕貴が桧山の乗ったタクシーをじっと見送ると、すでに時間は終業時刻をすでに過ぎていた。

 何か話しをしなくてはいけないと思うけれど、何から話せばいいのかわからず、唇をキュッと結んだまま黙っていた。

「紗衣……ちょっとつき合って」

 久しぶりに名前を呼ばれただけなのに、うれしさがこみ上げてくる。たったひと言で、こんなにも気持ちを揺さぶられる相手の願いを、訊かないわけはなかった。

 エレベーターに乗せられ、連れてこられたのは屋上だった。昼休みには人気(ひとけ)のあるこの場所も、終業時刻が過ぎている今はふたり以外誰もいない。

 日が落ち始めた屋上、ふたりの間に風が舞う。紗衣の短い髪が乱れた次の瞬間--。

 紗衣は裕貴の腕の中にいた。息もできないほど掻き抱かれ、突然のことに驚いた。けれど抵抗することなどできない。自分から別れを切り出したけれど、あれから一日たりとも裕貴のことを忘れた日などなかったのだから。

 裕貴の匂いに包まれて、身体の奥から幸せが湧き上がってくる。もう一度こんな日が来るなんて、思ってもみなかった。

 どのくらいの時間、そうしていただろうか。裕貴の優しい声が紗衣の名を呼んだ。

「紗衣……悪い、会社でこんなこと。でも、ずっとつらそうに笑ってる紗衣を見てるの、これ以上我慢できなかったんだ」
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