御曹司の蜜愛は溺れるほど甘い~どうしても、恋だと知りたくない。~

泣きたくない。
重い女だと思われたくない。

だって彼はそんなことを望んでいないから。

(ちゃんとわかってる……)

なのに――。どうしてだろう。

ぎゅっと閉じたまぶたの裏にふと浮かんだのは、涼音の顔で。
何度も何度も、忘れようと思うのに、ふとした瞬間にふわりと浮かび上がって早穂子の心に薄暗い影を落とす。

『彼は自分のテリトリー内から恋人を選ばないから』
『だって、別れたら気まずいでしょう?』
『私だってそうだったし』

けん制されたのか、からかわれたのかはわからないけれど、確実に彼女の言葉は、早穂子の心に疑惑の種をまいていたのだ。

「――始さん」

早穂子はうつむいたまま彼の名前を呼ぶ。

「なに?」

その声色はいつも通りだった。

今から早穂子がなにをいうのかまったく想像していない、そんな声だった。

いや勘の鋭い始のことだ。もしかしたら逆に何もかもお見通して、けれどそれに気づかないふりをしているのかもしれない。

「……あなたにとって、私ってどんな存在なんですか……?」
「どんなって……そうだな。“かわいい人”だよ」

唐突すぎる質問にも、始は穏やかに答え、うつむいたままの早穂子の首筋に指を入れて、長い髪をすく。

「いや、かわいいだけじゃないな。きれいで優しくて……一緒にいると気持ちが休まる。あと、体の相性が最高……。サホちゃん、好きだよ」

始の甘い言葉と、耳の後ろに押し付けられる彼の唇に、じわりとさざ波のように喜びが広がる。体が喜んでいくのを感じる。

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