御曹司の蜜愛は溺れるほど甘い~どうしても、恋だと知りたくない。~

実は、早穂子は彼と何度か話をしたことがある。

入社前の面接と、入社後に思いがけない場所で一度だけ。

この半年で、たった二度のことだったが、早穂子はそのことをとても大事な思い出として、胸にしまっている。


(副社長は覚えてないだろうけど……)


「あっ……きたああっ!」
「えっ……!」


ゆずの悲鳴に似た声にハッとして顔を上げると、入り口から紺色の三つ揃え姿の山邑始が入ってくるのが見えた。

十メートル以上離れていてもすぐにわかる、彼の持つ明るく華やかな雰囲気に、当然会場内も「わあっ」と歓声が上がる。

そしてあっという間に取り囲まれ、人だかりでその姿が見えなくなってしまった。


「えっ、ちょっ、見えなくなったっ!」


背の低いゆずは舌打ちしながらピョンピョンとその場に跳ねている。


「もう少し落ち着いたら挨拶に行けるんじゃない?」
「むむっ……そうだね。先に肉食って体力をつけるぞ!」


ローストビーフの列が山邑始の登場によってなくなっていた。

ゆずはキリッとした表情で、肉を切り分けているシェフに皿を突き出したのだった。


< 14 / 276 >

この作品をシェア

pagetop