御曹司の蜜愛は溺れるほど甘い~どうしても、恋だと知りたくない。~
その声はとても懐かしくて。
(ああ……そんなわけない、こんなのあり得ない。夢だ)
『彼』は今、ギリシャにいて、日本にいるはずもないし、早穂子の名前をここで呼んだりしない。
だが、早穂子の視線の先には、『彼』がよく好んで履いていた、シックで上品なメーカーのスニーカーが視界の隅に飛び込んできて――。
ひくひくと唇がわななき、声にならない声が、吐息として漏れた。
「そんな……」
名前を呼ばれた早穂子は、そのまま声のしたほうに目線をあげる。
「……久しぶり」
少し、まぶしそうに目を細めて笑う男は、確かに『山邑始』だった。
ギリシャの気候のせいだろうか。
肌は少し日に焼けて、髪は以前よりもだいぶ短くなって、さっぱりしていたけれど、どこからどう見ても山邑始、その人だ。
目の前の始は、笑うのに失敗して、どうしていいかわからないというような、なんとも言えない、不思議な表情をしている。
(始さん……本物……いや待って、落ち着いて。始さんがここにいるわけないし……え? 酔いすぎた?)