風薫る
「く」

「木戸さん?」


俯いたまま、木戸さんが小さく呟いた。


「黒瀬君が近くて、びっくり、した……」


小さな小さな音量の、するりと思わずこぼれたみたいな口調に、こちらも赤面する。


覗き込んだことを言っているのだと思う。でもわざとではないわけで。


次の反応が分からない。


木戸さんは今の呟きを俺に聞かせる気があったとは思えないことが、なおさら照れと恥ずかしさとを煽っていた。


……えーと、どうするかな。


ちらり、向き合う木戸さんを見遣ってみた。


俯き、伏し目がちの瞳に今だに驚きと困惑をのせて、ぐるぐる忙しくさ迷わせている。当然のように赤いままだ。


……えーと。


困って窓の外を見て、そろそろと木戸さんを垣間見て、……何の偶然か目が合った。


「っ」


お互いにパッと目をそらす。


ああ駄目だ、変に緊張してしまっていけない。


二人して下を向いて、迷って、でもそろりそろりと再び正面を向くと、またしっかり目が合った。


「……えっと」
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