風薫る
「……よかった」


黒瀬君が息をついて、私の疑問に答えをくれた。


「木戸さんが来なくなるんじゃないかって、不安だったんだ」


来なくなる——会えなく、なる。


「連絡先知らないからどうしようって思って、それだけ。変なこと聞いてごめん」

「ううん」


私は携帯を持っていないので、連絡手段が少ない。

待ち合わせをして、ひたすら待って、口頭で説明するしかない。


教室に会いに行けばいいのは分かっているんだけれど、今までずっと、目立つから、黒瀬君と会うのは図書室か廊下の隅にとどめていた。

多分、これからも教室に遊びに行って話しかけるなんてことはしないだろうし、できないと思うし、お互いやっぱり困ると思う。


「ほんと変なこと言ってごめんね、気にしないで」

「そんなことないよ……!」


笑う黒瀬君に無性に寂しくなった。笑っているようで、泣きそうな、迷子の顔に。


「黒瀬君」


黒瀬君の大きな右手を両手で膝からさらう。


ぎゅう、と大切に握って、体ごと黒瀬君を向いて目を見た。


大事な話をしよう、黒瀬君。


「……木戸さん?」

「指切りしようよ」


戸惑う黒瀬君に笑いかけて、握った手をゆっくりほどきながら、私は努めて明るく言った。


口約束くらいしかできないけれど。

指切りなんて、子どもだましみたいかもしれないけれど。


私たちの精一杯の約束をしよう。
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