風薫る
視線は外さないままで、だから、と接続詞が続いた。


「勝手な我がままだけど、俺は木戸さんがいなくなったら悲しいんだ」

「っ」


黒瀬君は、無自覚に私を翻弄する。


うん、と相槌を打とうとして。


「……私も」


少し考えて、迷って、ゆっくり口を開いた。


「黒瀬君に会えなくなったら寂しいから」

「……うん」


揺れる相槌に、ここで会おうねと約束を交わせば、ふわりと黒瀬君が微笑んだ。


……くそう、ずるいなあ。

こんな優しくて嬉しそうな笑顔はずるい。ずるいよ。


「約束」


差し出された小指に自分の小指を絡めて、しっかりゆびきりをし直した。


いつまでも高校生でいられるわけじゃないけれど、今はまだ高校生だから。


黒瀬君に会えるならそれでいい。

放課後、絶対に黒瀬君に会えるという確証が欲しい。


前にも約束をした。ゆびきりをした。

けれどあの頃からもう関係が変わってしまった。


少なくとも、私の方の気持ちは緩やかに変化を遂げている。


甘く、苦く、大胆に、臆病に、甘酸っぱく胸が痛んで、思い出ばかりが艶やかに私を巣食う。


「……約束」


低く呟いた私に、一瞬指に力を込めて約束を結んでから、黒瀬君が穏やかに笑った。
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