秘書と野獣


「いいんですよ。最初からわかってたことですし」
「…えっ?」

キョトンとする私に、野上君がやれやれと肩を竦めた。

「だから言ったでしょう? 頑張ってくださいって」
「え? …え?!」
「本気でこの社長から逃げられると思ってたんですか? だとしたらそれはあなただけですよ」

「へっ…?」

頑張ってくださいって…そういう意味だったの?!

「でもあなたが真剣だったので。俺も真剣にぶつかりましたし、真剣に協力したつもりです。…でもまぁやっぱり結果はこうなりましたけどね」
「野上君…」

ふわりと浮かべた笑顔に涙が滲んでくる。

「っほんとにごめんねっ…そしてほんとにほんとに、本当にありがとうっ…!」
「いいですよ。あの時も言いましたけど、俺自身に悔いはないですから。今回は相手が悪かったからあれですけど…でもまぁ、結婚したからって可能性がゼロってわけでもないですし」
「…え?」
「ほら、今は離婚する人も少なくないでしょう? だから華さんがもし社長と別れたいって思った時にはいつでも___ 」

「おいっ! 黙って聞いてりゃてめぇは言いたい放題しゃーしゃーと。誰が別れるかよ! しかも俺が振られるのが大前提ってどういうことだよ?!」
「いえ、可能性があるとすればそれで間違いないと思いますけど…」
「うるせえっ!! と・に・か・く! いい加減こいつのことは諦めろ! わかったな!! ほら華っ、行くぞっ!!」

「へっ?! え、えぇっ??!」

ほとんど抱えられるようにして社長室へと強制連行されていく。
慌てて振り返ると、やれやれと呆れながらも野上君が笑って手を振ってくれた。



やっぱり…そういうこと、なの…?


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