どきどきするのはしかたない

こんな事、言える立場ではないけど、これは間違いなく嫉妬に近い行為だと思う。
浴室に一緒に入った課長は、私を後ろから抱きしめるようにして暫くシャワーを浴び続けた。
痣の辺りに触れているのだろう。背中に、肩に、指先が移動しながら触れる。
ボディーソープを泡立てると、その手で私の身体を洗う。正面からも、向き合い、抱きしめながら丁寧に洗った。
泡が流れ去るのと同時に、傷痕や殆ど薄くなって解らなくなった痣に唇を触れさせていった。
これは…多分、もっと酷かった私の痣に、七草さんがきっとこうして触れただろうと思っているからだ…。
浴槽で後ろから腕を回され、暫く浸かり、抱き上げられて濡れたままベッドに運ばれた。

…好きだよ涼葉。そう言って、課長は私を翻弄し続けた。私は、これでいいのだろうか、課長にとって、許されない事をしたのに。言うなと言われたとはいえ、何だか流されている気がする…。

あぁ、この言葉…、何故初めの頃、言ってくれなかったのだろう。どうしても考えてしまう。
それは私も好きだって言えなかった事も同じ。自問自答を繰り返すばかり。
やっぱり気持ちを探っていたからだろうか。どんな状態でも、こうして触れている時、触れられている時…好きって、言ってしまいそうなのに…。
ん…課、長…。はぁ。…あ。
課長はうっかり言ってしまわないように注意していたんじゃないだろうか。私だって言わなかったくらいだもの。
課長が私を好きで、もし私が好きじゃなかったとしたら…、それは私としてはない事なんだけど、行為だけの関係でもいいと思ってしてると思われていたら…この関係はバランスが悪くなって、終わってしまうと思ったのかも知れない。
そうだとしたら、なんて繊細に…ずっと好きでいてくれたんだろうと思う。この考え方は…間違っているだろうか、都合よく解釈しようとしてるのかな。

「…涼葉……何考えてる?」

「あ…課長の事です…」

「…そうか、…それなら、いい」

心ここにあらずは、もしかして七草さんの事を考えていると思ったのかも知れない。今、それは無い。……あ、課長…。

「…若い、課長の事です。今より若かった時の…課長…」

「ん?若い?…いつの俺だ…」

「半年以上前の、最初の頃の課長です」

「フ、若いって言うから。なんだ、大して…、変わらないな」

「変わりますよ?好きを探りながらしていたあの時と、…今は違います」

…そう、明らかに違う。見た目の事では無い。今の課長は、好きと解ってから、優しいだけでは無く、とても、更に情熱的になったと思う。
…今は…特に…。…あ。……ん。

「何だ…。してた事を考えていたのか…それで…どっちが…いいんだ?」

「ん、ん、どっちも、です。昔の課長…凄く優しかったです」

「今は…優しくないか?」

あ…。

「…そんな事ないです。違う優しさ?です…今は」

「涼葉…もう、終わりでいいだろ?」

「…え?」

「短かったけど、もう終わりでいいだろ…」

え…終わり?これで、終わり…。またですか?こんな事…無いんじゃなかったの?
…ブラックジョーク、ですか?…。それとも、また…結婚するんだ、なんて、言うんですか?

課長の身体、強く抱きしめた。…解った。最後だと、終わりになるんだと思ったら、違うって事。だから、課長はあの日、情熱的に何度も…。
その気持ち、今解った。
好きで終わるって事がどういう事なのか。
課長の身体にもっと触れていたい…。もっと課長が欲しい…。そういう、切なくて…どうしようもない熱…。手を伸ばして課長の顔を包んだ。
課長の唇が欲しくて、自分から奪って深く口づけた。

「…ん、涼葉。…はぁ、涼、葉」

「…嫌」

…終わりだなんて。

「涼葉…」
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