どきどきするのはしかたない
・試行!…錯誤?

空けた袋に『受け取りました』とメモを入れ、ちょっと迷ったが、他には何も入れず、隣のドアのレバーに掛けて置くことにした。
ベランダの板越しでやり取りをするのは、危ないと思ってくれたのかも知れない。
風邪の事を問われていたけど、“風邪”の真実は…簡単に話せる事では無い。
どんな人だか解らない相手でもあるし、誰彼なく話せる事では無いから。面識もない人だ。
あのメモの言葉は、そういう内容を問う意味だと、勝手に解釈していた。

…そうだ。あ、…そうだ。ドアのレバーに掛けられていたのは、危ないというより、生ものだからよ。そうよ。
あれを外の室外機の上に置くなんて…そんな事をしたら直ぐ駄目になってしまう。
だから玄関ドアにだったんだ。
ベランダじゃなくても置きっぱなしになってしまったら簡単に腐ってしまう。
それこそ、これだって、こっちは異臭騒ぎに成り兼ねない。
でも…どうして、こんな事をするんだろう。
疑問を持ちながら受け取ってしまってる私も私な訳で…しかも何の不安も感じずに、これも食べてしまうだろう。


…あ。…初めてだ。
初めて隣の部屋の人に会った。
鍵を開けて、身体はほぼ部屋に入りかけていたところだった。

「…こんばんは」

「こんばんは」

会釈して挨拶を返してくれた。…温和しめな感じの、とても印象の残る綺麗な人だった。
それ以上、言葉を交わす事はなく、お互いに部屋に入った。

んー、今まで勝手な思い込みをしていた。
隣の人は、てっきり一人で住んでいると思っていた。というより、他に人が居るとは思っていなかった。うちの部屋とは違う、隣は広い間取りの部屋だ。一人だけで住んでいなくても可笑しい事では無い。
今の人は、彼女かな…。奥さんかも知れない。
私とどっちが先にこのマンションに入居したのかは解らない。
夫婦なら、入居した時、挨拶に来そうかなと思った。
だけど、私も…、お隣りに挨拶には行って無かったな…。
あ、それに…お隣りの部屋の持ち主を男の人基準で考えていたけど、今の女性の住まいかも知れないんだ。そこにたまに来てるのがあの男性かも知れないんだし。
いずれにせよ、ご飯は一緒に食べる仲って事かな。
女性の肩にはスーパーの帰りだと思われるエコバッグが掛けられていたし、野菜の類いが見えていた。そうなると、私の今までのメモ書きは、あの女性に見られていたかも知れないって事だ。…それは大丈夫なのだろうか。
喧嘩の元とか…何か不審に思われていないのだろうか。
もしかしたら、男の人の目に触れる前に、今の女性が全てを処分しているとも考えられる…。
だとしたら…尚更、大丈夫だっただろうか。
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