どきどきするのはしかたない
「…帰らないでください。……七草さんのせいですから」
俺の胸に手を当てるようにして、小さく震えた遠慮がちな声だった。
…。
「…また、試してるのか」
「違います。これは私の衝動です。衝動って、理性を失う事です。本能的に動いた、これが私の心です」
「はぁ、…理屈っぽいな…。そんなのは要らないんだ、言えば言う程それは言い訳になってしまう。…そうだよ、人のせいにするなよ…。抱き着いただけだっていい。解る。何か言うなら、こんな時は、たった一言でいいんだ」
…。
「好きです、ですか?」
「違うな」
「…え?…違わないですよ」
「違う」
…。
「大好きだ、だ」
「あ、…はい、…そうです。…大好きです」
「ん。…はぁ。俺もだ。だけど俺は、愛徳みたいにブレたりしない」
胸に当てていた手を取って俺の身体に回した。
「遠慮しないで抱きしめてくれ。…俺も抱きしめる」
力の弱い愛徳が腕に力を込め、抱きしめてくるのが解った。
はぁ、愛徳…もう、泣いて欲しくないって言ったけど、俺達がこうなったら…いや、ならなくても、愛徳はまだこれから知りたくない事を知る事になるんだ。胸の中に収めるように愛徳を抱き込んだ。
「訳の解らない事ばかりしている俺の事、信じられるのか?」
「未知だから、信じられます」
「あ…なるほどな、…あー、そういう考え方もあるのか…ハハ、なるほどね。知らないって事は俺にとって有利か…」
今の、課長との関係を比較しての事だ…。
「はい。突拍子も無い事ばかりする不思議な人ですけど、不信に思うところは特に無いですから。今のところ。裏切られたとか、そんな事、ありませんから。
だから、今から信じ続けていけばいいですよね」
「…なるほどね。それ、今つき合ってる相手じゃないから不信に思わないだけだぞ?解ってんのか?」
「え?」
「課長とはどうするんだ?続けるのか?」
「え?続ける?…何ですか?…それ」
「俺の事は大好き、今はそれだけが解った事だろ?別に俺は今更焦りはしない。キープされてるくらいのつもりで居るから」
˝人として˝、親しくなったから、何だか解らないところで、˝好き˝なんだろ。興味本位…面白さ、みたいなもんだ。……まだな。
「キープって、そんな…何を言っているのか…」
「何も二股しろって言ってるんじゃない。課長との事、見つめて終わらせるには時間が必要だろ?だから、無理せず時間を掛けろって意味だ。だから、俺は今は、気持ちを貰っただけで大丈夫だって意味だ」
…。
「あ…はぁぁ…、…七草さん…」
貴方って人は、そんな考え方するなんて。確かに…課長との事は時間がかかってしまうだろう。
「だけど、今のこの状況、俺にとっては堪らないから、キスくらいはさせて貰うからな…。愛徳のせいだ。…顔、よく見せてくれ…」