どきどきするのはしかたない
「緊張から解放されたから手が当たったんだろ」
課長がタオルを手に戻って来た。
幸い零れた珈琲はテーブルの上に広がっただけで絨毯には零れていなかった。
グラスを起こし、氷を拾った。
「入れ直そう」
「あ、大丈夫ですから」
「俺がするからいいんだ」
グラスを持ってキッチンに行ってしまった。
…迷惑ばっかり。
…あっ。
「課長!」
「どうした、また倒したのか?」
…。
「違います。課長の背中…」
「ん?」
入れ直した珈琲を持って戻って来た。
「ごめんなさい。私が引っ掻いて、傷をつけたみたいです。ミミズ腫れになってるのと、血が滲んでいるのもあります。ごめんなさい。さっき、何も考えず…思いっきり抱き着いたから」
綺麗な背中を傷付けてしまった。
「言われるまで解らなかったな。そう言われた途端ヒリヒリするような…。大丈夫だ。…猫ちゃんに引っ掻かれたくらい、何でも無い、気にするな」
あ、…課長…。私は課長を怒らせてしまっているのに…。
「…初めての時みたいだな」
「…え?……あっ。課長!…恥ずかしい事、改めて言わないでください…」
「今も変わらず反応は可愛いけど、あの時も、初めてでは無いと言ったが…」
「…もう…言わないでください…」
…。
「俺もちょっとな…夢中になり過ぎたから…」
「…課長、もういいです…恥ずかしいから…」
「本当だ。何度もしがみついてきてくれて、…堪らなく可愛いかったよ、…凄くな…」
…。
「雷は遠くなったようだけど、雨は酷いな…。
…豪雨だ。道に雨水が溜まってる、見てみろ」
雨の様子を見に課長は窓の近くに行った。
課長の傍に立ち、大きな窓に手をついて見た。
「…本当だ。凄い雨…中々捌けていきませんね。浮いてる…」
「側溝が詰まっているのかもな」
「こんな激しい雨が長く降るなんて、中々無いから…」
「涼葉。朝、帰れ」
「…え、でも…」
「こんな中、タクシーだって出ずっぱりになってるはずだ。中々捉まりはしないだろ」
…でも。それは。