どきどきするのはしかたない
いきなり来て、ここに誰か居たらどうするつもりだったのだろう。
「…課長、どうして…会社でこんな事…。
個人的な連絡は取れなくして当然だと思います。
終わりにしようって言ったのは課長からですよ?」
踊り場とはいえ、声はなるべく抑え気味に話しているつもりだ。
どこに誰が居るか解らない。
そうで無くても、こうして二人で席を外しているのは可笑しい事だ。
男女だもの、上司と部下だもの…何か揉めてるのか、なんて勝手な噂は、簡単に立ってしまうものだ。格好のネタよ。
事実、火が無いとは言わないが、煙は立ち易いものだ。
「終わりじゃないんだ」
何を言ってるのか…。反論するのも嫌。
「…だから、それは…、課長が結婚してからも、続けたいという事ですか?それは無いと言ったはずです」
はぁ…。そんなのは嫌に決まってる。こんな話、こんなところでしたくない。
「違う。そうじゃない。その事は無くていいんだ」
は?何が無くていいの?…関係?…ぇえ?
「…では、何の事ですか…」
「初めから、結婚なんて話は関係無いんだ。…嘘と言ってもいいくらいの話だ」
…はぁ。もう…この期に及んでいい加減な事を言わないで欲しい。今更そんな事を言ってまで、一体どうしたいと言うの。結婚するから終わりにしようと言ったのは課長ですよ?
わざわざ私を傷つけておいて…そんな事…。意味があるの?
「何を言っているのか…私にはさっぱり解りません。課長の言っている事は意味が解りません。もういいですよね?戻ります」
カンカンと階段を上った。
「涼葉!…おい、まだ話は済んでないんだ…」
…煩い、煩い…。もう、そんなモノは無いんだから。
訳の解らない言い訳はもう聞きたくない…。いつまで囚われなきゃならないの…。もう…いい加減にして欲しい。
結婚は嘘?…これ以上、また、ややこしくなるのは嫌。また、よりを戻すとでも言いたいの?
その意味さえ解らない…。
微かに煙草の匂いがした。…誰か、下の踊り場に居たのかも知れない。今の話、聞かれてしまったかも知れない。…あぁ…もう、最悪…。
複合ビルだ。余所の会社の人が居ても可笑しくない。
私は課長としか呼ばなかった。それだけでは誰とは解らない。
…課長は私を名前で呼んだ。
余所の人では無く、うちの会社の人間なら、私は私だって解ってしまったかも知れない。
大丈夫だろうか。
だからこんな話を会社でなんて…。