どきどきするのはしかたない
「課長?七草さんが辞めてしまったら、会社のパソコンとか困った時はどうなるんですか?」
「…ん?気になるのはパソコンか?それとも七草の方か?」
「…どっちもです」
寄せていた身体を更に引き寄せられた。
「フ、…はぁ、全く…正直だな涼葉は…」
腕を回され抱き込まれた。
「…私は上手く誤魔化せませんから」
「…うん。会社のシステム管理とかサポートは、引き続き七草の会社がする事になる。外部委託って形になるな。
七草は友人と会社を立ち上げるんだ。だから、最初は大変だな…。営業もしないと駄目だし。
暫くは今までみたいに決まった給料でも無いだろうし、当然軌道に乗るまではボーナスなんて物は無いだろう。
だけど、うちの会社に居るよりは仕事が楽しいかも知れないな。やり甲斐があるだろうから」
「だから辞めたのですね」
「…そうだな。会社で会いたくなったら、トラブルでも起こすといい。直ぐ飛んで来るから」
「…課長。意地悪ですね」
…実は部屋はまた隣ですから。引っ越しする事までは知らないかも知れない。
「そうか?ん゙ん゙。心配は尽きないからな。
部屋も隣だし、涼葉は、…ぐらぐら揺れやすいし。…気が休まらないよ。
今夜…七草と何かあったか?だからこんな遅い時間に来るって気になったんだろ」
言い方も言い方だったし、バレてるとは思ったけど。
「課長…」
「ん?」
「一緒に住んだ方がいいですよね?…」
隣が七草さんだという事、いい気はしないはずだ。
「ん…、無理は駄目だ。涼葉が涼葉ではなくなる。新鮮な気持ちで居たいんだろ?」
「…はい」
それもあるけど…。
「だったら無理はするな、構わないから。だけど悠長な事は言ってられないからな…」
やっぱり、危険因子はない方がいい。
「課長…」
「ん?」
「課長も、やる気が落ちる時ってあるんですか?」
「んん?」
「課長の部屋に謝りに来た時、珍しくまだ片付けて無い感じだったから」
「あぁ…それは、涼葉のせいだろ?涼葉は謝るけど、俺の事は信じられないって言うから」
「あ、それは」
「…そんな状態で、物が手につくか?きちんと出来ると思うか?俺だって人間なんだ。どうしようもなくて、帰ってボーっとする事もあるよ…」
「…ごめんなさい」
「いや、謝って欲しい訳じゃ無いんだ。俺だって完璧じゃない、ルーズだって事が言いたかったんだよ。だから涼葉だって、自分なりに適当でいいって事だ。ずっと言ってるだろ?」
「課長…ごめんなさい、頑張りますって言えなくて」
「いいって言ってる」
「…はい」
「それはそうと、そろそろプライベートでは名前で読んでくれないか?」
「えー、課長をですか?」
「そうだ、何を驚く事がある?」
「でも、課長ですから…」
「晶仁ですから」
「…もう、そんな言い方されても…」
「ハハハ。言えないなら、また“あ”から言うか?」
「いえ、大丈夫です、言えます……晶仁さん」
「うん。うちでは晶仁だ。あ、それから、二課の課長、気をつけろよ?」
「え?」
仕事上、敵ですか?
「あいつは言葉巧みに、上手〜く俺を陥れるからな。…思い当たる事、あるだろ?」
「…あ。まあ、…はい」
あれは陥れようとしてたのかな…んー難しい、読めない、解り辛い…。
「悪い奴じゃないんだ。仕事とプライベートは別だ。お互い良く知ってるから、どんな“手口”で落として来るかは解ってる。…あいつも涼葉の事、ずっと好きなんだぞ?」
「え?」
「入社した時からな。あんな印象の強い新入社員はいなかったからなぁ。だから気をつけろ?」
「あ、は、い」
…解り辛い。
「んー、…涼葉。嬉しかったよ、…今夜、涼葉から部屋に来てくれて…」
抱きしめられていたがまたぐっと抱きしめられた。
「…課長、…」
課長は私が自分から行動すると喜ぶみたいだ。そこに私の自分からの意思があるって思う事が出来るからだろう。
「あ、ほら、また課長になってるぞ」
「それは…、もう、ずっと口癖ですから」
「それは危険だな…。課長って言葉は万能だ。二課の…あいつの事を呟いているとも取れる…」
「課長〜…」
「ほら、まただ」
…。
「私の課長は課長です。目の前の課長の事です。信じられませんか?」
「信じられないな…」
「…課長」
…これは。…ちょっとした仕返しでしょうか。
「だから、晶仁と呼べと言ってるんだ」
…私が課長を信じなかったから。……もし、お嬢さんと…弁護士さんとも、口裏を合わせていたら?…。完璧に何も無かったと私に思わせる事が出来る。課長がそれを依頼していたら…。
私は…。
「あ、もう、強情だな…涼葉…」
上手く…、騙されたと思われない態度で、信じるしか無いって事になる。…。