どきどきするのはしかたない

事故から暫く経過して警察から連絡があった。
会社に来られるのは避けたかったから、私から行きますと告げた。


仕事の帰り立ち寄ると、遠めではあるが防犯カメラにそれらしい人物が写っていたと言う。
拡大された写真を見せられた。

その人物はキャップを被り眼鏡を掛けてマスクをしていた。
全く怪しい事では無い。
今は殆どの人がマスクをしている事に違和感を持たなくなっている。
それはキャップにしても眼鏡にしても同じ印象だと思う。…お洒落だとか、髪型を気にしないで居られるとか、女性ならすっぴんをカバーする為とか…。
服装は上下黒。これも何も可笑しく無い。普段から黒好きの人は世の中に沢山居る。
ただ、周りが特別明るい色の洋服ばかりなら逆に目立ってしまうという事だ。
平日の夜。ダークなスーツ姿が多い中、特に色浮きもしていなかった。

「性別は何とも言えません。女性と言えば女性でしょうし、男性なら小柄で細身の男性という事にもなります。
失礼ですが、何度も同じ事の繰り返しになりますが、今回、このような事をされた事に何か心当たりは無いですか?
何か思い出した事はありませんか?
私どもも、この人物を特定する事に務めていますが、顔も解り辛く、今のところまだ何も解っていませんので」

…課長の言っていた、結婚相手の事。
私はそれを、もしかしたらと、この刑事に話した方がいいのだろうか。
黙っていたら何か罪になるのだろうか。
捜査の妨げをしたみたいに思われるのだろうか。

「その後、何か不審というか、怖い目には遭っていませんか?」

「…え?はい、大丈夫です」

…どうしよう。

「解りました。御足労頂き有難うございました。
夜ですし、帰りは送りましょう」

「え?いえ、そんな、滅相もない、大丈夫ですから」

有り難いけど…。赤色灯をつけなくても、警察車輌なんかでマンションに送られては目立ってしまう。…何事かって、思われるのも困る。

「パトカーでなんか送りませんよ。
そんな事をされたら目立ってしょうがないって顔をしています。
だから遠慮したんでしょ?」

「…え?…違います。一人で帰れますからお断りしています。本当に大丈夫です」

…足首のサポーターを見られているのが解った。

「お怪我はまだ…痛みますよね。
警察は市民の味方なんです。安全を守る事が仕事なんですよ。さあ、帰りましょう」

何だか知らないが、言いくるめられた気がした。


覆面車っていうのか、普通の車に乗せられ、部屋まで送られた。
下りる時、ドアを開けられ、大丈夫ですかと手を取ってくれ、建物の前までついて来てくれた。
こんな扱い…滅多に出来る経験では無い。

「あの、わざわざ有難うございました」

「いいえ、これから出向かなければいけない所がありましたので、そのついでだと思ってください。
ちゃんと仕事してるんですよ?侮らないでくださいね?一応刑事なんで」

…あ、なんだ、そういう事だったのか。
偉く、警察は、って、語ってくれちゃってたのに。
初めにそう言ったら言ったで、今みたいについでかって思ってしまってたか…。
結果は同じでも、気持ちはちょっと違うかも。

「…フフ。あ、有難うございました、おやすみなさい。
あ、ご苦労様です、違う、お疲れ様です、でしょうか?」

「ハハ。どちらでも…有難うございます。
くれぐれも解決までは身辺には気をつけてください。何かありましたらご連絡してください」

そう言って車に乗り込み、去って行った。
本当についでなのかな…。普通、刑事の行動は二人でするものだって聞くけど。
それに、何かあったら連絡をと言われても、何かあったら、もう連絡も出来なくなってる場合もありますからね。
…今からって、どこに行くのだろう。
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