どきどきするのはしかたない
私は一人暮らし。部屋で亡くなってしまったとしても、大きな音がしたとか、何か異常が無い限り、発見は遅くなるだろう。
厳密に言ったら、人って一人で生きている訳では無いのだけど。
一人で居たら自分に起こる事が自分の人生。二人で居たら、二人に起こる事、出遭う事、お互いに関わる事が人生。
知り合いになった人に起きる事も多少は自分にも関わってくる事。
あの刑事さん。もしかして、もう、犯人は断定出来ているんじゃ無いのかな。
だとしたら…。その人が課長の結婚相手の人だったら…。
課長は“関係者”として事情を聞かれるって事なのかな。交遊関係というのは、一体どこまで調べるものなんだろう。
部屋に帰って真っ先にサッシを開けた。今は毎日の習慣だ。
…んー。
課長に警察に呼ばれた事を連絡した。話してはいけないとは言われていない。
犯人だと思われる人の事、服装や、眼鏡、マスクの事も伝えた。
あの瞬間が黒い服でも、駅にはトイレだってある。
着替えて知らぬ顔でまた電車に乗ったかも知れない。
ガラッと見た目が変われば人の印象も変わる。
んー、強盗とか、殺人をして逃亡している訳では無いから、そこまではしないかな。
サスペンスドラマの見過ぎ…。どうも想像力が逞しくなってしまう。
そうだ。課長はまだ仕事中なのかも知れなかったな。そろそろ、帰るのかな…。
「おい。お〜い!」
…え?誰。…どこ?
「お〜い、俺だ」
あ、ベランダだ。
サンダルに足を入れ顔を上げたら、隔てた板から七草さんの顔が覗いていた。
「ぅわっ、…生首みたい」
「ハハ。生きてるって。飯、食ったか?」
「いいえ、まだですけど」
警察に寄って、帰って考え事してましたから。
「じゃあ、来い」
「え?…は?」
「いいから、そこに乗れ」
「はい?」
そこって、ここの事?指して見た。
「ああ、そこ、室外機の上だ。ゆっくりでいいから乗れ」
あの、私…足、捻挫中ですけど?
「玄関からが安全…」
「いいから乗れ。落ちるなよ」
だから、そんな…、落ちるなって貴方だって言ってるし、通常でも危険な事を、こんな状態の時にわざわざしなくても。
落ちる心配をしてくれるくらいなら、こんな無茶、強要しなきゃいいのに…。
両腕が出て来た。きっと待ちきれなくなったのだろう。
「早く、乗、れ」
…はぁ、もう。知らない。
「待ってください。こんな状態なんです。ゆっくりじゃないと無理ですから。…凹まないかな」
…今更だ。何とかぐらつきながら乗った。…恐い。あまり気持ちのいいものでは無い。
「よし、もっとこっちに寄って腕を伸ばせ」
もう、言われる通りにしますから…。待ってください。ゆっくりですけどね。室外機の端に寄った。あ、ぁぁ…恐い…。
待ち切れない七草さんは、私の脇に腕を通すと、抱き着けと言った。
…もう、どうとでもなれよ。
落ちたら今度こそ、自殺?…一緒なら心中にされちゃうかも。
ふわ〜っと身体が浮いたと思ったら、抱えられたままベランダを歩き、部屋に下ろされそうになった。
待ってくださいと言って、慌てて足からサンダルを振り落とした。
宙吊りの時、よく脱げて落ちなかったものだ。
「フ」
何だか笑われた…。だけど、こうでもしないと、サンダルで着地してしまったら綺麗な床を汚してしまうでしょ?
ふぅ…。凄い…ハンパないスリルのアトラクションだったと思う。しかも、安全装置無しの。
子供が抱えられ、父親に振り回されているのを想像した。ほぼ、それだった。