どきどきするのはしかたない
「な、じゃない、さ、七草さん、足、足が、着きませんよ?」
怖くて目を瞑っていた。
室外機の位置を探るように、バレリーナのように何度も爪先を伸ばしてみたけど、足が届かない。えー、えー、どうなってるの?
恐くて不安で余計抱き着いてしまう。
「さ、七草さん?」
「大丈夫だよ、もう着いてるから」
ドンと衝撃が伝わって来た。
「え゙っ!何?今の。えっ怖い!」
怖くて益々目が開けられない。肩に掛け、回していた腕でこれでもかってくらいしがみついた。
足はまだブラブラしている。
私…このまま落ちるかも、なの?
「大丈夫だ。目を開けてごらん。今のは俺が下りた振動だ」
「え?」
「大丈夫だ」
恐る恐る目を開けたら、前にはクスクス笑っている七草さんの顔があった。
ベランダに立っていた。
「…このまま奪ってしまいたいな」
「え?」
な、に…。
「ほら。下りられるだろ?」
七草さんが少ししゃがんだら私の足が着いた。
あ…そうだ…、抱き抱えられているのだから、足が着かなかったのは当然じゃない…。も゙う。
「あ、…はぁぁ、着いた…」
「フ、恐かったか?」
「もう、目茶苦茶恐かったですよ。…ふぅ」
「フ、わざと怖がらせたからな」
「え?」
「恐怖心を煽った。じゃあな」
「え?はい、え?」
室外機に片足を掛けて板を掴むと隣に軽く渡ってしまった。…素早い。ベランダの枠、高さがあるのに恐くないのかな…。
「なぁ、愛徳…」
「あ、はい」
まだ…何か?
「俺は、愛徳の事、昔から知ってる。知ってるって事は興味があるからだ」
「あ、は、い…はい?」
興味?
「だから言っておく。するなら本気の恋だ。
相手の事は、間違いなく、よく見てるのか?
好きと何かを間違えているんじゃないのか?
自分の気持ちをよく見つめて、本気の恋ってやつ、して見ろよ。…恋は、恋だ。解ってるか?」
え?またいきなりどういう事?
私の課長を好きって気持ちは、心からのモノじゃ無いとでも言うの?
…恋?…してるでしょ?…。
「じゃあな」
「あ、ちょっと…七草さん…」
何故、この人はこんな解り辛い事ばかり言うの。
「あ。ベランダのサッシの鍵はいつも忘れずにしておけよ。玄関だって、開いてたら俺に入られるぞ」
「は?」
「ハハハ。さっきは一杯抱き着いて貰ってラッキーだったよ。サンキュー」
「…はぁ?」
何言ってるのよ、それは不可抗力でしょ?だいたい、七草さんが恐がらせるような事するからよ。
…絶対鍵するし。もう絶対ベランダからそっちには行かないから。