どきどきするのはしかたない

「私、会った事あります。綺麗な人ですよね?」

多分、あの人の事だと思う。

「…知らない、…」

「え?」

「俺の留守の間に終わらせて帰って貰う事になってるから、部屋で会った事は無い」

…嘘…そんなの嘘じゃ…。

「本当ですか?」

「本当だ」

本当かな…。俄には信じがたい。

「じゃあ、鍵は持ってるって事ですね」

「ああ、まあ、そうだな」

それは…信用の仕事だろうけど…。何だか…。
いつでも入られると思ったら、私だったら恐くて嫌かな。

「どうした?…ヤキモチか?」

「ヤキモチ?…違います」

ヤキモチとは違う。ちょっと心配しただけ…?

「抜け殻、少し中身が出来て来てるんじゃないのか?」

「違います。…出来てません」

いつまでも、雇っておくのかな。

「そうか…。掃除もご飯も、一人って面倒だからなぁ」

…まあ、そういうものだと思います。一人だと、適当になりがちですからね。

「誰かさんがご飯作って一緒に食べてくれたり、掃除もたまにしてくれるなら、家政婦は要らないんだけどなぁ」

それだと、結局、人が変わるだけで必要なのは家政婦じゃない…洗濯は自分でしてるのかな。

「俺、洗濯はするんだ。
洗剤の匂いとか、乾いた時の匂いが好きなんだ。
…こんな…石鹸の香りとか、…」

…もう、…。成る程ね。…知らない…若い女性に、下着まで洗われたら、…。って訳でも無いのか。

「家政婦さんて体(てい)の彼女さんでは無いのですか?」

「…あのな。そんな訳無いだろ。彼女なら、俺がこんな事するか…。
あーもう、早くしないとご飯が冷めてしまうだろ…ん」

あ、だから、今しなくていいでしょうに、って。

「ちょっと。…もう、…止めてください。ご飯。なんですよね?
だから、先に帰ってください。直ぐに行きますから」

「…解った。俺の部屋がいいって事だな」

…意味深長。

この際、どうとでも取ってください。とにかく部屋に帰ってください。

「まだ薬は居るんだろ?」

え?

「まだ拗れてる。ずっと拗らすのか?」

…はぁ、本当……事情通だと思う。
< 71 / 171 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop