どきどきするのはしかたない

「…変な感じです」

私…何言ってるんだろう。

「…七草さんの事、何も知らないのに、この位置、この距離感で話していると、何でも話せそうになります」

…そんな親しいって訳じゃ無い。むしろ、全然知らないと言った方があってる…一線は越えてしまったけど…。

「これが私と七草さんの…」

「待て」

「え?」

「今、言おうとした事、飲み込め」

「え?何を…」

「いいから、言うな。まだ早過ぎるだろ」

…言うなって。え…何だっけ、…あ、そうだ。…。でも今は言っちゃいけないって…。

「もう。びっくりしたから、忘れちゃいました」

「フ。…どうなんだか。ま、忘れたんならそれでいい」

「……お金持ちなんですね」

「あ?何の話だ。えらく話が変わるな…」

だって言えないなら変えるしかないでしょ?

「すみません。だって、家政婦さんを雇ってるなんて…」

意識があるとは思ってないのに、また家政婦さんの話になってしまった。

「またその話か。金持ちなんかじゃ無いさ。ずっと来て貰ってる訳じゃ無いし。たま~にしか来ない。
……何を考えてる」

「…別に。…課長との事だったら…無理に考えないようにしようとしてます。私、勝手に…自分の思い込みで、単なる憶測で、証拠も無く酷い事を言ってしまったんです。…本当に、酷いと思います。それで、自分は、これからどうなるかなって…。冷却期間の設定です。
自分をそっとしておくとどうなるかなと思って…我が儘な考え方です。
…正直、とんでもない事があった事、今頃になってじわじわ実感が湧いて来てる感じなんです。確かに、身体の痛みは実際にずっとある事ではあったんですけど、それすら、何、これ、みたいな感覚ではあったんです。落ちたんだって思った時は、恐いって思うのは思いましたけど。電車がホームに入って来てたら…もっと恐怖って感じたと思うんですけど。
私の人生で、人にこんな事をされるって、考えた事も無かった…、有り得ない事だから」

でも人間関係、どこで恨みをかってるか解らないという事は解った。あ、もう全部知ってる前提で話してしまった。

「ん」

驚かないし、聞き返してこない。どうやら、知ってるのは間違いないらしい。それともただ聞いてくれてたのかな。

「それが…、関わっているのに、その関わりの世界を知らないで終わったみたいになって…。子供の考え方しか出来ないから、話さない方がいいと思われているのか…これも妄想ですけど。込み入った事情がまだあるのかも知れない。でも、それは知らなくていい、みたいな…。勝手な想像です」

…。

「起きた事が非日常過ぎて、何もかも、人の関係性も解らないんです。政略結婚だとか、警察沙汰になる事や、弁護士と関わる事も…示談なんて事も。今まで知らなかった事ばっかり。だから…もう少し抜け殻でいます。…逃げでもあります。
…ごめんなさい。…あんな風にいきなり押しかけて…ご迷惑をかけて…、面倒臭い事をして…」

「ん…そうか。…まあ、俺は、面倒臭いなんて思って無いし。これからはもう遠慮はしないけどな」

…。

「七草さん、昔は確か、眼鏡、掛けてましたよね?」

「おっ。覚えていてくれてたのか?」

「はい、…いいえ。何となく、記憶を辿ってです。
新入社員の研修で、お世話になりましたよね。
それから、名前ですけど、ごめんなさい。紹介で聞いてたはずなのに」

漢字とセットで記憶しなかったのかも知れない。
研修が面倒だと思っていたから…。

「別にいいさ。煩わしい研修の“先生”なんか覚えちゃいないよ。それからだって会わないしな。
愛徳は普通に使えてたからな、パソコン。特に教える事も無かったな…。他の子は中々、手が掛かった。まぁ、あの中では優秀だったかな。
…なあ、何もしないから、こっちに来ないか?」

え…それは駄目でしょ。

「て、無理か、やっぱり」

…トン。

「え゙、さ、七草さん?!…何、来てるんですか」

「来ないなんて…無理だよ。愛徳が来ないなら来るさ。
こんな近くに居るのに、…無理だ、愛徳…」

ベランダの板を越えて来た七草さんに簡単に抱きしめられてしまった。

…こんなの…抜け殻だって、抱きしめられたらざわざわするんです。…何かあった仲なんです。
だから、攻めて来ては駄目なんです。
何もしないって言っておいて…。解ってますけど、矛盾します、…これ。
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