特別な君のために
「これも、そのうちの一つ。それから、ここにやっちゃった時は肝が冷えたな。危うく片目が見えなくなるところだったし」
以前、奏多先輩からも言われた、こめかみの傷のことを言われた。
「ああ、これね。あの時、珍しくお父さんが千春にガツンと怒ったんだよね」
「……その後、千春がパニック起こすわ、美冬の目に血が入ってこっちも泣いてるわで大変だったな。お父さん、それ以来、千春に怒鳴っちゃダメだってことを学んだよ」
「だけど、それ以来、千春は私のことを引っかいたり噛みついたりしなくなったの。本気でダメっていう気持ちが伝わったんだと思うよ」
「毎日傷が増えて行く美冬が可哀想で見ていられなかった。でも、どうやったら千春の他害がなくなるのかわからなくてな……お母さんと毎晩話し合ったよ」
なあ、とお父さんがお母さんを見つめる。
「そうね。あの頃はお母さん、どうしていいのかわからなくて。まだ、千春が自閉症であることも受け入れられなくて、いつかきっと、普通の子と同じように、成長が追いつくんじゃないかって思っては絶望して……」
もう、お母さんの顔を見られない。私とお母さんは、今、同じように涙腺が崩壊しているから。
テーブルの上に、お母さんの涙がぽたりとこぼれ落ちるのが見えた。