伯爵夫妻の甘い秘めごと 政略結婚ですが、猫かわいがりされてます


「にゃーん」


猫の声が聞こえた気がした。

メルヴィル男爵家には猫はいなかった。なのに、猫の姿を迷わず思い浮かべることができる。

昔、一度だけ猫を抱いたことがあるのだ。

まだ母親も生きていた七歳のころ、王都のお祭りに行くということで、珍しく領地から外に出してもらえた。
はぐれないように、と言われたのに出店に目を奪われたドロシアは父母や弟とはぐれてしまった。
小さな体では人にすぐ押しやられる。
気が付けばドロシアは賑わいから外れたところまで来てしまっていた。

その時、犬がやたらに上を向いて吠えているのを見つけた。
不審に思って犬の視線をたどると、木の上には茶色の猫がいたのだ。どうやら犬に追われて下りられなくなってしまったらしい。

つい先ほどまで泣きそうになっていたドロシアは、自分より困っている猫に出会って勇気を取り戻した。
石を投げつけて犬を追っ払い、見事猫を助け出したのだ。


猫は身軽に木から下りてきて、ドロシアを見つめて「みゃあ」と鳴いた。
細身のしなやかな体。全体が薄茶の毛で、瞳はとび色というのだろうか、赤みがかった茶色だった。


「あなた猫? 何て名前なの?」


その頃は猫というのものを物語でしか知らなかったから、半信半疑で問いかけた。
長い尻尾にピンと立った耳、犬よりもずっと小さく、なのに神秘的な感じがして存在感があった。

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