その笑顔が見たい
急ぎの仕事はなかったが葉月との時間調整と、明日からの仕事が楽になるために一時間ほど残業をした。

あと少しで葉月に会えると思うと、だんだん集中力がなくなり仕事もはかどらなくなった。
読みたい資料を持って休憩室へ向かう。
資料は形だけ。
コーヒーでも飲んで気持ちを落ち着かせたい。

誰もいない休憩室の長椅子で資料を読むふりをしながら、これから会える葉月へと思いを巡らす。自然と口元がほころびるのを隠すために、資料を顔の目の前まで持って来る。

「葉月、キレイになってたな」

不自然だった。
だから喫煙室に来た柳さんにすぐに見つかって顔の目の前にある資料を指で「パシン」と弾かた。
驚く俺を見て、ニヤリと笑う柳さん。すぐに顔を通常モードに戻す。


「お疲れ様です」


「なんか良いことでもあった?」

こういうところは常に鋭い。


「ははは」

笑ってごまかす。


「あったんだな」


「まぁ、近いうちに話しますよ」


葉月に会うという約束だけでこれから先どうなるかまだ自分でもわからない。
柳さんにはちゃんと話をしたいけれど、今日はまだだ。


「珍しいな。お前がニヤけてるんなんて」


「ニヤけてませよ」


「じゃ、なんだ、その顔は。気持ち悪い」


「気持ち悪くて結構です」


「…」


柳さんは押し黙って俺の顔をじっと見ている。


「初めて見るな。入社して以来、お前のなんか幸せそうな顔」


「えっ?」


「ま、良いことなら話してくれるのを楽しみに待ってるよ。けど、身の回りの整理はきちんとしろよ」


「だから、人聞きが悪ですって」


「はいはい」


柳さんはヒラヒラと手を振って、そのまま出て行った。
身の回りの整理といえば引っかかる節はある。
紗江のことだった。


葉月に再会してもしなくても、紗江との将来は考えていなかった。
けれどこのタイミングで紗江を避けてしまうのは少し躊躇われた。
もう少し、もう少しだけ引き伸ばして、時期が来たらはっきりと言おう。
今は葉月のことだけを考えたい。



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