あの夏の空に掌をかざして
 ちょっと遠出して、隣の時逆町(トキザカマチ)の水族館に行く予定だったあたし達は、バスで向かうことにした。二人席の座席の、あたしが窓際で、内側に日向が座った。


 「あかりちゃんは車酔いしちゃう事があるからね」、そう言って、日向があたしを窓際に座らせてくれたのだ。


 かゆいところに手が届く日向の気遣いが、胸の奥にくすぐったさを感させじる。


 日向は何も変わってないな、昔から、ずぅっと……。


「あかりちゃん、どうしたの?車酔いしちゃった?」


「あ、ううん!大丈夫、楽しみだね!」


 黙っていたあたしに、心配そうに訊いてくる日向にそう言って、あたしは笑顔をしてみせた。


 バスに揺られていると、寝不足な事もあって、あたしはどうしようもなく眠くなる。うとうとし出したあたしにクスリと笑って、日向は「寝てていいよ」と言ってくれる。


「ん……りがと、ひなた」


 日向の心地よいテノールと、バスの穏やかな揺れに、すごく安心する。


 もう何も考えられなくなって、あたしは日向の肩に寄りかかって、重い間蓋を閉じたのだった。


「あれ?あかりちゃん、香水つけてる……?」


 自身の左肩に寄りかかって眠り始めた幼なじみの髪から、馴染みのないフローラルな香りがふわりと香る。


 その髪を人束すくって、日向は触れるだけのキスをしたのだった。
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