うちの執事は魔王さま

「そういえば、お隣さん引っ越してきたようですね」

紅茶を注ぎながら彼は言った。

「お隣って…あの日本家屋の大きなお屋敷の?」

「えぇ。まぁ、厳密にいえば、戻られたという方が正しいのでしょうけど」

峰岸が一瞬、苦虫を噛み潰したような顔をしたのは気のせいだろうか。

私の家は、洋館の造りとなっているのに対してその隣の家というのは、昔ながらの大きな日本家屋である。

大きな家が連続して聳(そび)えだっているせいで、近所では少し有名である。

昔、その家に住んでいた人のことは、私は知らないのだけど、どうやら峰岸は知っているらしい。

「ねぇ、みねは、お隣さんを知ってるの?」

「えぇ、もちろん。姫もご存知でしょう?」

アールグレイの匂いが鼻腔を擽る。

「うーん、私は会ったことないと思うんだけどなぁ」

「お忘れなら私は安心です。それはそうと姫。本日は、少し私に付き合って頂けますか?」

「別にいいけど、どうして?」

「所要がございまして。服は制服で構いませんのでご準備なさってください」

この峰岸の言葉に一抹の不安をだきつつも支度を開始した。

下ろされている長い黒髪を2つにくくりピンクのリボンで結ぶ。

首に巻かれている母の形見をそっと撫でて、呟く。

ちょっと出かけてくるね、お母さん。

外に出ると峰岸が既に車の準備を整えていた。

後部座席の扉を開いて待っている。

「ねぇ、みね。これはなんなのかしら…」

いつもなら何事もなく乗り込むのだが、今日に至っては、車内の様子がおかしい。

いや、おかしいどころじゃない。
誰かが乗っている。

「…おや、これはこれは」

峰岸も車内を覗き、声をもらす。

「結城あおい様。真昼間から悪戯が過ぎるのでは?」

結城あおい…?誰。

「ふん、この悪魔め。俺のかわいい許嫁がお前に穢されては困るからな、来てやったんだ。光栄に思え」

なんなんだ、この俺様くんは。
てか、許嫁って誰だ。

………私か!!!

「ちょ、ちょっと待って!!状況が飲み込めない!」

「ルナ、大きくなって…。うん、俺は嬉しいぞ。俺の妻になるには少々胸が小さい気がするが、だがいい。愛でて大きくしてやる」

「結構です!!!!変態!」

「姫、今朝話していた隣の方です。結城家のご子息、そして残念ながら姫の許嫁である結城あおい様にございます」

結城あおいと言われたその彼は、金髪にピアスと一言で言えばチャラい。
その上俺様。なんなんだよ、全く。

こんなことを言ってはいけないことは重々承知しているが、言わせてもらおう。
定番オブ定番なキャラクター性を感じる。

「おいおい、悪魔。俺の説明なんかしなくてもルナは知ってるだろ?お前もしかして、ボケたのか?はっ、ざまぁねぇなぁ。そのまま滅してやろうか?」

峰岸は、あの厭な笑みのまま車中から彼を引き摺りだし投げた。


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