先生、僕を誘拐してください。


「音楽室のカギを閉め忘れちゃって、そうしたら誰かがピアノ弾いてて、でも怖くて村田くんについてきてもらおうか、でも部活中だしってここでうろうろしてたんです」

「――音楽室に?」

「はい。ちょっとだけ覗いたら男の人だったから怖くて」

「……この時間帯に音楽室に来れるのって生徒会とか三年だけだよね。私見てくるよ」

「すみません、先輩、これ」

未来ちゃんはカギを渡してくれると、その場に座り込んだ。
まるで幽霊でも見たかのような怖がり方だ。


こんなに朝から夕方まで部活や学際準備でうるさい学校に、幽霊がやってくるのか疑問だったけど、音楽室へ向かうにつれ謎が解けた。


電気もつけず、外の茜色の空の淡い光だけで保った音楽室の中から、ピアノの音が聴こえてくる。
私たちが練習中の、ムーンライト・セレナーデの曲だ。


一応、扉をノックだけして廊下から声をかけた。

「悪いんだけど、ここ、もうカギ閉めるよ」

「……せめて曲が終わってから声をかけてくれたら良かったのに」

鍵盤の蓋を閉めながら立ち上がったのは、……朝倉くんだった。

「俺から話しかけてないよ。君から声をかけてきたんだから」

いや、私が声をかけるしかない状況に持ってきたのはあんただろう。
すぐに気づいたけど、面倒なのでそれ以上は言わなかった。


謝られても遅いし、関わらなければいいだけのこと。


「180度意見が変わって大学進学するらしいね」
< 167 / 184 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop