先生、僕を誘拐してください。
ざわめきだす校舎、朝倉くんを支えながら蒼人と真由が保健室へ連れて行くのが見えた。
「奏、お父さんが言ってたの」
「……は?」
「私の本音が窓辺に現れなかった?」
私の言葉に目を丸くした奏。その顔にすべて納得した。
私の本音が見えたから、マスクをして本音を言わなくなった。
私が本当は大学へ行きたいのだと背中を押してくれた。
きっと汚くてドロドロした言葉ばっか吐いてただろうに、それでも奏は私を好きだと言ってくれたんだ。
奏を抱きしめる中、割れた看板の向こうに本音の奏が見えた。
『良い子でいるのに、疲れたよ』
「うん。私も」
『先生、僕を誘拐してください』
もちろん。お望み通り誘拐してあげる。
「奏、抜けよう」
「は?」
「リハーサルも生徒会の仕事も、学際準備ももういい。良い子にしなくても私たちは誰も奏を嫌わないよ。頑張らなくていいんだよ」
「美空」
「私も、私も奏の本音が見えるの。だから壊れそうな奏を誘拐する」
驚いた奏は眼を見開くけれど、私が手を繋いで歩きだしても拒否しなかった。
私は奏の手を取って坂を走って下りる。