先生、僕を誘拐してください。
「うん。――でも」
風もないのに、大きくカーテンが舞う。
確か高校に入ったばかりの時に新調した、夜の色に染まった青い色のカーテン。
そのカーテンが舞うと、どんどん本音くんが薄くなっていき、後ろのカーテンが身体を擦りぬけて舞う。
『綺麗な歌声だねって先生は僕に言ったでしょ。僕のボーイソプラノを、まるでカナリアみたいって絶賛してくれた』
急に声も遠くなる。
彼を見上げると、頭を押さえてイヤイヤと左右に振っている。
『僕の中のカナリアは死にました。カナリアを愛してくれていた先生は、きっと僕に魅力か感じなくなるでしょう』
本音くんの身体が震えている。
「私と話さないのは、私が奏の声に失望すると思ったの?」
こくんと小さく頷くと、大粒の真珠みたいな涙が床に落ちてしみ込んでいく。
「確かに奏の声は好きだけど、失望なんてするわけないでしょ」
私の言葉に、奏は嬉しそうだった。
けれど、私の心は乾いていて、酷く乱暴だった。
「私、誰にも期待してないし。失望なんて一度で十分だよ」