先生、僕を誘拐してください。


見てはいけないものを、知ってしまう。
それはあまり気持ちが良いものではなかった。

消えてしまった彼の、落していった涙がまだ床に残っていた。
窓を閉めて、その涙に触れると星屑のように消えていく。

彼もきっと私の汚い部分は見たくなかっただろう。
私にどんな夢を持っているか知らないけど、失望させてしまったに違いない。

申し訳ないと思いつつも、冷え込んできた冷たい風をシャットアウトするために窓を閉める。


階段を下りて、ジュースで汚れた雑巾を脱衣所で洗う。

するとトイレから出てきた奏が、脱衣所の鏡に映って目があった。

「えっち。お風呂覗かないでよ」

「!?」

「違うんなら、何か言ってみなさいよ」

悔しそうに眉を動かす奏に、私は勝ち誇った顔で笑っていたに違いない。

「別に、声変わりしない方が変じゃない? 声が変わった後、今度は低いから話せないとか言いださないでよネ」

トイレの前から動けないでいる奏が、ちょっと面白い。

「――このまま話せなくなったら、悲しいじゃん」
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