好きだから……
―みどりside―
 家に帰ると、玄関にある時計に目をやった。
 午後六時半。

 今日はいつもより帰宅が早い。塾の自習室にいても、集中できなくて。
 このままいても、頭に入ってこないなら、場所を変えようと思ったから。

「あら、今日は早いのね。夕飯、まだ用意してないけど」
「大丈夫。そんなに空いてない」

 嘘。空腹で、気持ち悪いくらい。
 仕事で忙しいお母さんには、我がままを言えない。
 早く帰ってきたのは私で、なんの連絡もいれなかったのも私だ。
 無理は言っちゃいけない。

「どう勉強のほうは? 模試ではちゃんと結果を残してよ。いつもいつも、誰かに負けてるなんて」
「……わかってる」と小声で返事をすると、私は階段を駆け上がり、部屋に閉じこもった。

 今回は。美島くんや本田くんに勝てるだろうか。
 頭のデキが違いすぎる二人に勝つためには、私は勉強量を増やすしかない。

……なのに。

『会いたい』

 要からのラインが頭をちらつかせ、胸をざわつかせる。
 要からくるなんて、初めてだ。

 いつも私から一方的にラインして、要の家に押しかけて。
 要には全然関係ない言いがかりで、責めたくって。落ち着いたころを見計らって、要が優しく抱きしめてくれる。

 要に嫌われる理由ならたくさんある。いつ嫌いだって言われるか、冷や冷やしながら。
 それでも我慢できなくて、要に甘えて罵倒雑言をまくしたててしまう。

 幼いころから家が近くて、幼稚園も小学校も中学校も同じだっただけの幼馴染。
 幼馴染ってだけで、要は私の我がままを笑顔で受け入れてくれてる。

「私、最低な女だ」と呟くと、机に荷物を置いて、椅子に腰をおろした。

 部屋は真っ暗なまま。
 今日は何もしたくないな。

 私は机に顔を伏せて、瞼を閉じた。
『会いたい』
『無理』
『だよな』

たった三文で終わった今日のライン。
 可愛くない女だってわかってる。
< 31 / 60 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop