好きだから……
 美香の後ろには、みどりが立っている。

 みどりが信じられないといわんばかりの表情で、千里と俺を見ている。

「兄ちゃんのバカ」と美香のささやきと同時に、みどりが踵をかえして家を飛び出していった。

「ちょ…まっ…」
 俺は空にしたスプーンを千里に渡すと、走り出す。

「あ……味付け、おっけ! 冷凍よろ!」とだけ玄関に向かいながら、千里に伝えた。


「おいっ! みどりっ。待て」と、アパートから少し離れた路地で、みどりの肘をつかめた。

 走る動きを止められたみどりは、勢いよく振り返ると、スピードを緩めずに俺の頬を平手打ちした。

 パチンっと乾いた音が響く。

「いって……!!」
「最低! 『会いたい』ってラインがあったら、私は親に嘘をついてまで、来たのに。なんなのよ、もう!」

「あれは、だから」
「言い訳するつもり? 私以外にも、大牧さんともそういう関係だったってわけでしょ? 聞かなくてもわかった。もう、いい。知らない。要には頼らないから」

「ちょ…おい」
 俺の腕を振り払って、帰ろうとするみどりを話すまいと、手に力を入れて引き留める。

「離して」
「いい加減しろ! 落ち着けよ。話を聞け」
「いや。聞きたくない!!」

 みどりが両耳をふさいで、しゃがみこんでしまった。

……たく。話をきけっつうの。
『会いたい』とかラインしといて、食うもんがなくて千里を呼びつけた俺も、俺だけど。

 俺はみどりの腕から手を放すと、視線を合わせるために、腰を落とした。

「おい、コラ。俺に頼らなくて、他に誰に頼んだよ。そのギリギリの精神で。美島も本田も、みどりの我がままになんか付き合わねえぞ」
「……っるさい」
「ま、いいけど。俺の話を聞く気がねえなら、それでいい。ただ千里ために説明しとく。千里は料理のできない俺ら兄妹のために、バイト感覚で料理してくれてるだけ。きちんとバイト代も払ってる」
「え?」
「『そういう関係』はみどりだけ、だ。じゃあな、気を付けて帰れよ」

 俺は立ち上がると、ポケットに手を突っ込んで歩き出した。
 マジ、空腹で倒れそう。腹へりで、全力疾走とかありえねえっつうの。
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