カノジョの彼の、冷めたキス
「斉木さん。ひとの顧客誘惑してる暇あったら、早く業務戻れば?」
「誘惑なんて……」
ただのアクシデントなのに。
というか、渡瀬くんが強くドアを押し開けたから転んだのに。
ひどい言われように傷付いた。
言い返そうと思ったけど、彼が軽蔑するような目であたしを見下ろしているから、仕方なく言葉を飲み込む。
「すみません……」
「へぇ、君。斉木さんて言うんだ?下の名前は?」
あたしがうつむいて落ち込んでいるのに、空気が読めないらしい肩書き社長の男がまだ馴れ馴れしく話しかけてくる。
「お前も。人の会社で女に盛ってんじゃねぇよ」
そんな男を渡瀬くんが手にした書類で叩く。
お客様にそんなことしていいんだろうか。
「いって」
叩かれた男は自業自得って思うけど、それでも気の毒なくらい痛そうに顔を歪めている。