カノジョの彼の、冷めたキス
「あ、いえ。何でもないんです」
高垣さんに笑い返して前を向くと、副社長を乗せた車が動き出すところだった。
車が遠くなるまで見送ってから、皆藤さんが渡瀬くんに向き直る。
そのとき、彼女がすぐ近くにいるあたしと高垣さんに気が付いた。
けれど、一瞬こちらに向けられたように見えた皆藤さんの視線は、すぐに渡瀬くんのほうに戻っていく。
「同行ありがとうございます。お疲れ様でした」
皆藤さんが事務的にそう言って頭を下げる。
「あぁ、お疲れ様」
素っ気なく答えてそのままひとりで社内に戻ろうとした渡瀬くんが、そのとき初めてあたしと高垣さんに気が付いた。
「渡瀬くん、お疲れ様。今戻ってきたのね」
「あぁ、はい」
「渡瀬くん、お昼食べてないんじゃない?午後からの仕事でできることは代わりにやっとくから、休憩取ってきてね」
「あぁ、はい」
高垣さんに答えながら、渡瀬くんがあたしのことをちらりと視線で気にかけてくる。